三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月刊総合情報誌

連載

大往生考 第66話

遺族の「悲嘆」をどう癒やすか
佐野 海那斗

2025年6月号

 家族の死に直面して悲嘆に暮れる日々が、遺された者の健康にどれほど悪影響を及ぼすか―。英国の医学誌『ランセット』が先日、「遷延性悲嘆症」に関する論文を発表した。この病は、生活機能に想像以上の障害をきたす。高血圧など生活習慣病や自殺の企図などのリスクがあるため、医学的介入が必要なケースが増えている。
 私の身近にも「遷延性悲嘆症」を発症した人がいる。それは同僚医師Aだ。母親を亡くし、うつ状態に陥った。
 母親は80歳代半ばだった。北陸地方に生まれ、地元の高校を卒業後、大阪の会社に就職した。そこで出会った先輩と職場結婚。二人は懸命に働いた。私鉄沿線の郊外に一戸建てを購入し、二人の息子を育てた。長男は医師になり、次男は商社に就職した。二人とも東京で働いている。
 5年前に夫が肺がんで亡くなると、母親は独りになった。同僚は「東京に来ないか」と提案したが、「住み慣れた関西にいたい」と申し出を断った。
 彼女は子どもの世話になることに遠慮があった。それは戦争体験を伴う生い立ちによるところが大きいという。父親は戦死。実家は空襲で被災した。戦後は困窮し、親戚宅に・・・

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます