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連載

大往生考 第68話

死者は教える
佐野 海那斗

2025年8月号

 米『ニューイングランド医学誌』の7月3日号に「剖検報告書」というエッセイが掲載された。著者は、医学生時代に突然死で父を亡くした医師だ。解剖によって、父は無自覚のまま、心筋梗塞を繰り返していたことが判明する。著者は「そんな重大な疾患を抱えていたとは信じがたかった」と驚き、自らの無力を嘆く。今も診療中に、「何か見落としていないか」と自分に問い続けているという。
「Mortui vivos docent」。死者は生者に教える―というラテン語の金言は、医学教育の本質を示す。医師は剖検を通じて学び成長する。私にも忘れられない剖検がある。それは自分の父の死にまつわる経験だ。
 私は学生時代に父を亡くした。父は20代で1型糖尿病を発症した。この病気は、ウイルス感染などをきっかけに自己免疫反応が起こり、膵臓のランゲルハンス細胞が破壊され、インスリンが分泌できなくなる。若年者に発症することが多い重症の糖尿病で、一生にわたりインスリンの注射が必要になる。
 父は主治医であった大学病院の教授を信頼していた。糖尿病内科の専門家だった。
 糖尿病が怖いのは、様々な合併症・・・

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