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韓国「UAE原発落札」の衝撃

ここでも後塵を拝する日本

2010年2月号公開

 昨年末、世界の原子力関係者に衝撃を与える一つのビッグニュースが報じられた。アラブ首長国連邦(UAE)が行っていた同国初の原子力発電所建設の国際入札。「原子力未開の地」といわれた中東市場を切り開くこの極めてエポックメイキングな案件を受注したのは、フランスでもなく、日米連合でもなく、原発輸出の後発組である韓国陣営だった。
 韓国陣営は韓国電力を筆頭に斗山重工業、現代建設、サムスンC&Tらで構成。百四十万キロワット級の新型加圧水型軽水炉「APR1400」四基を建設する内容で、炉の受注金額は二百億ドル。契約には運転、燃料供給も含まれており、総受注額は四百億ドルに達する大型案件だ。
 国際入札にはフランス電力とアレバによるフランス陣営、日立製作所、ゼネラル・エレクトリック(GE)、エクセロンが参加する日米連合が参加していた。原発関係者の間ではかねてから「本命フランス、対抗日本」とされ、原発輸出の経験もない韓国は超大穴だった。誰もが予想し得なかった韓国の受注劇の裏には、一体何があったのか。

最高の稼働率誇る韓国


 多くの関係者が韓国の勝因に挙げるのが、「ダンピングではないのか」(自民党閣僚経験者)との疑惑もささやかれるほどの、受注額の安さだ。総額四百億ドルの韓国に対し、フランスは七百億ドル、日米は九百億ドルを提示したといわれる。だが、この勝因に疑問を投げかける声も多い。経済産業省関係者は明かす。「UAEは金満の国。安さだけで選ぶわけはない」。
 国を挙げてのトップセールスが奏功したとの見方も根強い。韓国は李明博大統領自らが開札直前に現地入りし、強力な売り込み工作を展開。現代建設社長を務め、中東ビジネスにも通暁した李大統領の経験が生きた形だ。ただ、トップセールスという点ではフランスもサルコジ大統領がUAEを訪問し、発電所の安全確保にフランス軍を駐留させる提案を行うなど、韓国に比肩する努力を見せた。日米連合もやや劣るとはいえ、クリントン国務長官が受注を働きかけるなどの動きはあった。
 こうした表層的な見方とは一線を画し、有力シンクタンクのトップが「決定打」として挙げるのが、「国内における実績」だ。原発は建設後何十年も基幹電源として使われ続ける。つくることが目的ではなく、使うことが目的―そんな極めて自明の理が、原発輸出を語る際に見落とされることが少なくない。
 国内実績の最大の指標は、稼働率だ。各国の稼働率をみると韓国は先進国中、最高レベルの九〇%を達成。フランスは電源構成に占める比率は高いものの、負荷追従運転を採用しているため稼働率は七〇%台に過ぎない。日米連合のうち米国は韓国と同レベルの九〇%台を維持しているが、先進国中最低の六〇%前後をうろちょろする日本が足を引っ張った。前述の経産省関係者によれば、「韓国は原発が緊急停止した場合の復旧、補償などもセットで提案した」という。
 安く、しかも安定稼働が見込める原発建設・運転を実現し得る韓国の台頭に、各国は危機感を募らせる。とりわけ、原発輸出で一極支配の様相も呈し始めていたフランス側の衝撃は大きい。中東はUAEのほかにもトルコ、ヨルダンなどが原発導入を検討しており、UAEはその中東市場進出の足がかりになるはずだった。韓国による受注は、その青写真が早くも破綻したことを意味する。フランスがUAEの国際入札を「トラファルガーの敗戦」と例えていることからも、その衝撃の大きさが垣間見える。

ちぐはぐな日本の動き


 一基四千億~六千億円という巨額のカネが動く原発輸出は、もはや各国にとって経済・外交上の最重要案件になりつつある。原油高、温暖化問題の高まりを背景に、世界は原子力ルネサンスに突入した。現在、新規原発の建設を検討・予定している国は二十カ国以上に上り、特に今後の経済発展に期待が持てるアジア、中東の市場には、各国の官民の原子力関係者が熱い視線を送ってやまない。
 これまで原発輸出の舞台で、フランスに対抗できるのはロシア、米国、日本くらいと見られていた。ロシアはフランスと同様に燃料供給のサプライチェーンを持つ強みがあるが、天然ガスの供給停止など強引な手法をとる同国は潜在的な嫌悪感を持たれているのも事実。米国は、世界的に評価の高い加圧水型軽水炉(PWR)の技術を持つウエスチングハウス(WH)が東芝に買われ、日本と共同歩調を取らざるを得なくなった。
 その頼みの綱の日本は、今回のUAEでの受注競争で蚊帳の外に置かれた感は否めない。日本は最も高い原子炉を提案したばかりでなく、トップセールスの点でも韓国、フランスの後塵を拝した。炉型にしても、日立・GEが参加したことからも分かるように、世界的には時代遅れとされている沸騰水型軽水炉(BWR)を提案するというお粗末ぶり。原発建設後の運転・保守を考えれば決定的に必要となる日本の電力会社の本格的な参加も、電力会社自身が地理的・地政学的な点で難色を示し、実現しなかった。
 日本の電力関係者は最後まで「韓国の炉は安かろう悪かろうと思っていた節がある」(前述の経産省関係者)。日本型炉がこれまで海外で一括建設されたことがないという事実を見れば、日本の技術が韓国に勝っているなどとは言えないはず。だが日本の視線の先にはフランスしかなく、背後に迫る韓国の足音に、真剣に耳を傾けることを怠った。だが韓国はUAEの原発受注の直後にヨルダンの研究炉を受注するなど、中東の足場を盤石のものに固めつつある。韓国が中東市場に食い込んだことで、今後の原発輸出の勢力図が塗り変わることは間違いない。
 中東での国際入札に続き、各国の原子力関係者の耳目を集めているのが、ベトナムの原発建設だ。アジアの新興国は中国をはじめ、インド、タイ、インドネシアなどが新設計画を掲げており、ベトナムの入札はその後のアジア市場進出を占う試金石になる。ベトナムにはフランス、韓国、ロシアとともに日本も進出を目論むが、やはりここでも日本の動きはちぐはぐだ。潜水艦の提供で合意したロシアなど各国がトップセールスにしのぎを削るなか、日本がしたことといえば協力文書の延長ぐらい。オールジャパン体制とはいいながら、その中核には電力会社本体ではなく、九電力の子会社に過ぎない「日本原子力発電」という箸にも棒にもかからない会社を据えるのみ。
「ベトナムのFSはまず取れるだろう」。電力業界幹部はこう胸を張る。だが日本の自信が砂上の楼閣に過ぎないことは、UAEでの敗北という事実によって裏付けられた。前述の経産省関係者はこう警鐘を鳴らす。「日本人は潜在的に韓国の実力を認められない。だがこと原発に限れば、日本と韓国の差はすでになくなりつつある」。


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