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連載

追想 バテレンの世紀 連載49

少年使節団の派遣
渡辺 京二

2010年4月号

 ヴァリニャーノは一五八二年二月二〇日、日本巡察の任を終えて長崎を離れたが、このとき、九州のキリシタン大名大友・大村・有馬の名代として、ローマ教皇に謁見させるべく、四人の少年を伴っていた。世にいう天正遣欧少年使節である。
 四人のうち、伊東マンショと千々石ミゲルが正使であり、前者は大友宗麟の甥の従兄弟、後者は大村純忠の甥、有馬晴信の従兄弟と称された。副使中浦ジュリアンと原マルチノは大村氏の家臣筋の出と考えられる。年齢は正確にはわからぬが、離日当時一三、四歳であったらしい。
 ヴァリニャーノが少年使節の派遣を思いついたのは、離日前せいぜいふた月ばかりのことだったようだ。遣使の目的はふたつ考えられる。ひとつは日本イエズス会が着々と築いてきた布教の実績を、ひろくヨーロッパ教界に知らしめることである。イエズス会のインドにおける宣教は貧民や被差別民に及ぶのみで、エリート層の入信は見られなかったのに対して、日本では九州の有力な領主が三人まで、自分の領国をキリシタン化している。ヴァリニャーノはこの実績を生きた少年の姿でヨーロッパに示したかった。
 むろん、それは日本イエ・・・