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社会・文化

日本の観光産業は時代遅れ

アレックス・カー(東洋文化研究家)

2010年10月号公開

 ―日本の観光産業が遅れているというのが持論ですね。

 カー 景観を保護するゾーニング規制、国立公園などの運営ノウハウ、ホテルのインテリアや照明などの空間演出など、世界の観光産業は先端技術をどんどん開発している。そのための専門の教育機関もあり、新たな知識の吸収に余念がない。この分野で日本は圧倒的に遅れており、あまりに勉強不足だ。宿泊施設は地域の文化とはかけ離れた大理石やシャンデリアが氾濫し、観光スタイルといえば一昔前の大型バス観光の発想にとどまっている。

 ―勉強不足とは主に技術面の問題でしょうか。

 カー ホスピタリティという観念の洗い直しも必要だ。例えば日本の旅館では出入りの時間や食事、風呂の時間まで細かく決められる。それに客側が合わせるスタイルだ。それが優れたシステムと独自のホスピタリティを形作った面もあるが、今は提供者が客に合わせる時代である。しかし、その認識が浸透していない。海外のツアー業者や旅行代理店はマニュアル外の要望に応えない日本側の融通の利かなさに辟易している。都内で外資系ホテルが活躍している背景にはそれがある。海外の観光客はまず外資系ホテルを探し、埋まっている時だけ仕方なく日系ホテルに泊まるのが実態だ。旨みのあるビジネスチャンスは完全に外資に奪われている。これなども不勉強のツケだ。

 ―日本人は観光産業に向いていないということなのでしょうか。

 カー とんでもない。古来日本は観光の国だった。伊勢神宮は江戸中期に年間四百万人の観光客を受け入れていた。世界でも特異な例だ。他にも、熊野詣でや八十八カ所巡りなど、地方でも百万人近い観光客を受け入れていた土地も多く、付随して発達した名産品はまさに観光の産物だ。寺社仏閣の「お守り」などはビジネスとして中国がコピーしているほどだ。しかし、こうしたノウハウが時代とともに廃れ、今では意識の高い日本人の中には国内の観光地を見放している人も多い。

 ―真の観光立国に向けて真っ先にすべきことは何でしょうか。

 カー まずは自らの「遅れ」を認識し、世界の観光産業の進んだノウハウを吸収することだ。そして景観を洗い直し、作り直しを急ぐことだ。バブル期の悪趣味な観光ブームで、日本は歴史的な景観を粗末にし続けてきた。先進国では皆無となった電線が醜く路上にむき出しのままで、白砂青松を破壊する無駄な護岸工事が国中で横行した結果、日本の景観、歴史資産は本当に醜くなった。お客を招くべき「お座敷」を汚してしまったようなものだ。汚れた部屋ではいくら綺麗な花や掛け軸を飾っても客は喜ばない。

 ―一方、観光は文化にダメージを与える側面もあると指摘されています。

 カー まさに観光は「諸刃の剣」であることを忘れてはならない。景観や歴史資産を活性化させる一方、景観を汚し、地元の文化を破壊する場合もある。観光促進は良いという単純な話ではない。国の政策も旧態依然の大型バス観光的感覚が根強く、どうしても数字に走り、中国人招致一辺倒だ。ショッピングにしか興味がない今の中国人の観光スタイルに流されれば、日本の観光文化が破壊される懸念もある。観光立国という方向性自体は正しいが、必要な知識やノウハウを身につけないまま、やみくもに進むようでは、実現は不可能だ。

〈インタビュアー 編集部〉


アレックス・カー(東洋文化研究家)
1952年米国メリーランド州生まれ。74年エール大学で日本学学士号を取得。著書『美しき日本の残像』『犬と鬼』では日本の自然、伝統が失われゆくことに警鐘を鳴らした。現在は研究・執筆活動の傍ら、京都の町屋を修復し、宿泊客に提供する会社を運営している。


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