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連載

あるコスモポリタンの憂国 連載45

「水素」にまつわるビジネスと夢
紺野 大介(清華大学招聘教授)

2010年10月号

「水素」というと多くの読者同様、反射的に英国最大の化学者で水素の発見者であるH・キャベンディッシュ(一七三一~一八一〇)を連想する。昔ケンブリッジ大学を訪問時、tin can & sealing wax(あり合わせの空き缶等で実験装置を手作りする伝統)で有名な、自然科学系で世界最高といわれる「キャベンディッシュ研究所」を案内され、彼の清廉潔白だった生き様を知り印象に残った。

 彼は二歳で母と死別。母親の愛情を充分に授かれなかった為か、奇人といわれるほど極端な人間嫌いだったそうである。訪問時の教授の説明及び「元素発見の歴史」(M.E.Weeks, H.M.Leicester共著)等を要約すると、キャベンディッシュは貴族の出身だが、父共共清貧な生活をしていた。しかし父の死で莫大な財産を継承し、ついで伯母が別の巨額の財産を彼に残したため、「学者の中で最も裕福で、富裕者の中で最も教養のある人物」となった。それでも尚キャベンディッシュは非常に慎ましい生活を崩さなかった為、他界時には英国銀行最大の預金者だったそうである。
 彼は科学的に聡明で何事にも造詣が深・・・