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ベルギーに波及する「ユーロ危機」

「欧州の首都」は分裂の瀬戸際に

2011年1月号公開

 ユーロ危機が南欧の周辺国から、「本丸」のベルギーに及んできた。欧州中央銀行(ECB)と欧州連合(EU)は年末、ユーロ防衛の追加策を打ち出したが、EU本部があり、「欧州の首都」を自負する国への危機波及で、欧州通貨危機は年明けも進展する懸念が強まっている。
 暮れも迫った十二月十四日、米国の格付け会社「スタンダード&プアーズ(S&P)」が爆弾を落とした。「ベルギーが早期に新政府を樹立しなければ、半年以内に格下げがありうる」との警告を発したのだ。現在の格付け「AAプラス」は据え置いたものの、見通しは「安定的」から「ネガティブ」になった。
 ベルギーでは六月十三日に総選挙が行われ、以後半年、新政府ができていない。通常なら、ベルギーの政治家は「何を偉そうに」と反発するところだが、もはやそんな余裕はない。

「国家としては破綻している」


 この前日には、六月の総選挙で第一党に躍進した「新フランドル同盟」のバルト・デウェーフェル党首が、独誌「シュピーゲル」に、「ベルギーは国家としては破綻した」と語ったことが報じられたばかりだ。「同盟」はオランダ語圏フランドルの分離を掲げる右翼政党。ジャーナリスト出身で四十歳のデウェーフェル党首は、以前から放言癖で知られた。この会見では、「ベルギーは欧州の病人」「この国は機能していないし、未来もない」と、言いたい放題。国王アルベール二世にまで、「国王が政治的な役割を持つのは問題だ」「国王は、(フランス語圏の)ワロニアの連中と組んでいるから、我々フランドルの人間とは考えが違う」と批判の矛先を向けた。さらに、フランドルから資金流入を受け続けるワロニアを「麻薬漬けのヤク中」にたとえた。
 ワロニアの政治家たちは、「今更、彼の挑発には乗らない」(社会党)と辛うじて冷静を保ったが、新政府がどんな形をとるにせよ、長続きしないことだけは印象付けられた。
 ベルギー危機の兆候は二〇一〇年十一月末から顕著になった。救済を受けるギリシャ、アイルランド、さらにその予備軍ポルトガル、スペイン、イタリアに続いて、「次はベルギー」との見方が国際金融筋の間で急速に広まっている。
「ベルギーの政争はもはや冗談のタネにもならないが、ユーロ危機のさなかでは完全な火遊びだ。『財政危機の制御能力がない』と見れば、マネーがどんどん食い物にする」とベルギーの外交筋は懸念する。ベルギーの財政赤字はGDP(国内総生産)の一〇〇%で、すでに危険水域。十年債の利子は四%前後に跳ね上がっている。危険国「PIIGS」の通称が、ベルギーを入れた「BIGPIS」に変わった。しかも、ベルギーはEUだけでなく北大西洋条約機構(NATO)本部も擁し、ファン・ロンパイEU大統領の出身国でもある。その国での危機は、南欧の危機とは次元が違い、「ユーロの終わりは欧州の終わり」というメルケル独首相の言葉がにわかに現実味を帯びる。
 このため、年末のECBとEU本部は、ただならぬ緊張感に包まれた。ECBはS&P声明の二日後の十二月十六日、自己資本を倍増して約百八億ユーロ(約一兆二千億円)に増強するという措置を決定。その夜には、EU首脳がブリュッセルに集まり、「欧州版国際通貨基金(=EMF)」を一三年六月に創設することで合意した。さらに首脳会議は「ユーロ防衛のため、あらゆる措置をとる」とも表明した。
 しかし、市場はこの程度では沈静化しない。大手金融機関で構成する「国際金融機関」は、「ユーロ危機対策には一一年だけで二兆ドルが必要で、銀行救済には一兆ドルが必要」と、現行の救済資金を遥かに上回る金額が必要だと警告する。

明日の欧州の姿そのもの


 ベルギーはワロニアの石炭資源が豊富で、二十世紀初頭には重工業とアフリカ植民地からの富によって、欧州屈指の豊かな国になった。最近では金融業やアントワープ港を中心とした物流などサービス業中心の経済に転換した。ところが、看板の金融部門はアイルランドを筆頭にしたPIIGSへの貸し出しが多く、このことも懸念材料になっている。
 気になる情報もある。
 国際金融のベテラン記者が言う。「ベルギーの累積債務は一九九〇年代にGDPの一三〇%を超え、年間の財政赤字はGDP比で七%だった。九八年のユーロ導入時には『参加基準(GDP比で累積債務六〇%以下、財政赤字三%以下)達成は不可能』と見られたのに、魔術のように間に合わせた。政府は『国内の金融資産で埋め合わせた』と説明していたが、金融工学商品による統計操作はないのか当時もウワサが絶えなかった」というのだ。
 ユーロ危機の発端ギリシャも〇九年までは累積債務を「GDP比一〇〇%」としていた。その後、金融工学による統計操作が明るみに出て、一〇年末の改定数値は「一四四%」まで膨れ上がっている。
 経済への懸念が高まる中、ベルギー政治の混乱は日ごとに深刻さを増している。
 人口約一千万のベルギーは、六割がオランダ語系、四割が仏語系。お家騒動は一八三〇年の独立以来、この国の年中行事だ。その一方で、一九八一年以降、マルテンス、デハーネ、ヘルホフスタットの三首相で二十六年以上やりくりし、政府自体は安定していた。
 ところが、仏語圏ワロニアの低迷が続き、失業はフランドル地方の二倍以上で高止まりした上、フランドルも度重なる金融危機で余裕が消えると、事態は一変した。〇三年の総選挙では組閣まで二カ月以上かかり、〇七年は九カ月、今回も半年以上と、政府不在は長期化、常態化している。
 フランドルからワロニアへの「持ち出し」と言っても、せいぜい六十億ユーロ程度。四千七百億ドルを超えるベルギーの経済規模から見れば大騒ぎする金額ではないのに、フランドルでは「ワロニア救済を止めろ」という声が強まった。二〇一〇年の総選挙で新フランドル同盟が躍進したのもこのためだ。
 もっとも、新議会では下院(定数百五十)の五分の一を超える政党すらない。超小党乱立状態で、政党がののしりあうのでは、ECBが求める緊縮財政を組むのは至難の業だ。
 ベルギーは多言語、多文化の連邦国家で、連立政治が基本。その点では、二十七カ国が集うEUの政治のミニチュア版だ。ベルギー政界のドタバタ劇は、明日の欧州の姿そのものなのである。


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