三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

追想 バテレンの世紀 連載67

「交易推進」家康の思惑
渡辺 京二

2011年10月号

 

 一五八四年、マカオ商人の船が平戸へ入港したが、この船にはフィリピンの托鉢修道会員が四人乗っていた。フランシスコ会、アウグスティノ会各二名で、これがスペイン系修道会士の初日本渡来だった。この船はマニラからマカオへ赴く途中、逆風に会ったとも、故意に針路を平戸へ向けたともいわれている。日本伝道はローマ教皇庁から認められて、イエズス会の独占するところだったが、スペイン系修道会はこれに不満で、絶えず日本入国の機会を窺っていた。


 平戸国主の松浦鎮信はマカオ貿易の利を大村氏に奪われて、不平やるかたないところだったから、マニラから来た四人の修道士を大歓迎し、翌年彼らが帰国する際には、フィリピン総督宛に書状、ならびに鎧などの進物を託した。  

 一五八五年には、日本人一一名が乗った船がマニラに着いた。そのうちの一人吉近バルタザルは松浦氏の家臣だった。船には小麦や牛馬が積まれていたというから、交易目的だったに違いないが、注目すべきは長崎居住のキリシタンが、イエズス会日本準管区長コエリュのマニラ在イエズス会士への書簡・・・