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連載

皇室の風 48

火葬と殯
岩井克己

2012年8月号

 昭和六十三年(一九八八年)秋、昭和天皇が吹上御所で吐血し死の床について間もなく、御所に詰めきりのはずの高木顕侍医長が、なぜか宮内庁本庁の侍医長室で誰かに電話をかけているのに気付き、思わず廊下で耳をそばだてたことがある。

 乾燥剤の発注を指示していたのだ。相手はその量の膨大さに驚いているらしく、何度も念押ししていた。天皇が逝去すれば、土葬するまでの約五十日間、銅板を内側に張り詰めた柩に尊骸を納め、ずっと「殯」が続く。乾燥剤はそのためのものだった。
 今年四月二十六日、羽毛田信吾・宮内庁長官は退任を一カ月後に控えた定例記者会見で、現天皇・皇后の葬送方式について、江戸時代から昭和天皇まで続いてきた土葬の習わしをやめて火葬とし、大喪儀の簡素化を宮内庁と政府で検討することを明らかにした。

 神道色の強い土葬から仏教色を連想する火葬への変更は天皇葬送の歴史的転換となる。「象徴」の死をどう弔い、どう代替わりに繫げるかの思想も問い直されるだろう。

 筆者は、以前から現天皇・皇后が火葬と「薄葬」を希望していると聞き、天皇・皇族・・・