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連載

皇室の風50

上山春平の思い出
岩井克己

2012年10月号

上山春平・京都大学名誉教授(哲学)がこの夏、九十一歳で亡くなった。

 主著『天皇制の深層』(朝日選書)や『照葉樹林文化』(中公新書)などを読み、何回か取材した思い出がある。なかなか正面から具体的に答えてもらえず、はぐらかされたようなもどかしさを感じたのを覚えている。

 しかし、死去の報に接し、その肉声と笑顔の記憶がよみがえってみると、「天皇」という難しい対象に向き合わされて悩む団塊世代の記者に、実はさりげなく温かい励ましを送ってくれていたらしいと改めて思い至った。

 一九九五年(平成七年)一月十日、宮殿松の間での新年恒例の講書始の儀。天皇を前に上山は「日本の国家について」と題して進講した。茫洋とした題目だったが、大半を費やしたのは専門の日本古代史でも照葉樹林文化論でもなく、戦後の象徴天皇制の評価だった。

 上山は、アリストテレスが古代ギリシャの都市国家(ポリス)の体制を論じた『ポリティカ(政治学)』で、現国連加盟国数にも匹敵する百五十八もの都市国家を個別調査し比較した結果、「君主の大権が制限されるほ・・・