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WORLD

《世界のキーパーソン》ハレド・マシャル(ハマス最高幹部)

ガザ民衆の「支持率回復」が課題

2012年12月号

 マシャルがヨルダン川西岸の小さな町に生まれた一九五六年。中東では、スエズ動乱が起きた。六七年、第三次中東戦争でイスラエルが攻めてきた。一家はクウェートに逃れた。同世代の多くのパレスチナ人男性と同様、彼の人生は戦争と流浪、反イスラエル闘争に明け暮れた。

 クウェート大学で物理を学び、教師になり結婚もした。だが、政治闘争が常に生活の中心を占めた。八七年のハマス創設時には、政治局の重要メンバーになっていた。九一年の湾岸戦争でクウェートからヨルダンに移り、アンマンから、イスラエルに対するテロ闘争を指揮した。

 業を煮やしたネタニヤフ政権は、モサドの刺客をアンマンに送った。事務所に向かって歩くマシャルの耳に、刺客が毒物を注射した。マシャルは重体に陥ったが、ヨルダンのフセイン国王とクリントン米大統領がネタニヤフ首相に、「解毒剤を渡せ」と求め、イスラエルも応じた。マシャルは生き延びた。

 二〇〇一年から拠点をシリアの首都ダマスカスに移した。ハマスの主要スポンサーは、イランとシリア。アサド父子は長年、国際テロリスト「カルロス」ら食客を・・・