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社会・文化

「マイナンバー制度」が利権の温床に

「IT公共事業」に群がる白アリども

2013年3月号公開

 政府は二月二十日、マイナンバー制度を導入するための関連四法案について、三月一日に閣議決定する方針を決めた。近く国会に提出されるはこびだ。

 同法案の中身を要約すると、共通番号制度(マイナンバーは愛称)とは、「行政運営の効率化」「給付と負担の適切な関係の維持」を理念に掲げたうえ、・国民全員に新たな共通番号(マイナンバー)を強制的に付け、・国が発行する「個人番号カード」(一種の身分証にもなる)を持たせ、・さまざまな個人情報をマイナンバーで串刺しすることで、個人の申告等にウソがないか国家がチェックする情報提供ネットワークを構築する―というものだ。

 国民すべてに個別の番号を振り、その番号で納税などを一元管理する共通番号制度は、行政の効率化につながるとされながら、プライバシー侵害の懸念が指摘され、これまで何度も廃案になってきたのは周知の通りだ。

 今回も政府は、制度が導入されれば脱税防止、社会保障サービスの向上などいいことずくめの未来図を掲げている。だが近年、共通番号を使ってきた諸外国では、個人情報の管理が難しいネット社会に移行する中、その弊害が社会問題化している現実がある。さらに、技術的な問題もさることながら、「兆円単位」とも試算されるこの巨大な「公共事業」にありつこうと、IT業界などが群がり始め、マイナンバー制度は利権の温床になる懸念も拭えない。

ロビー活動で「議連」をつぶす


 ネット取引では通常、パスワードを定期的に変えることでセキュリティーが保たれる。それを、膨大な個人情報につながるいわばパスワードとも言うべき「共通番号」を生涯一つに固定し、手続きや取引に使い回すというのだから、そもそも制度として危険だ。

 民間でも広く共通番号(米国では社会保障番号)が活用されている米国では、これを悪用したなりすまし犯罪が社会問題化している。二〇一一年には米連邦議会で実際の被害状況を調査するための「公聴会」まで開かれ、制度の見直しが議論の俎上にのっている。あまりに弊害が多いため、米国防総省では兵士の管理に共通番号を使うのをやめ、独自の番号を作ったほどだという。このなりすまし犯罪の被害は全米で実に年間五百億ドルにも及ぶと推計されている。

 マイナンバー制度の問題に詳しい白鴎大学の石村耕治教授(税法)はこう指摘する。「先行する海外で見直しが始まっているなか、日本で導入を強行するのはアナクロニズムそのもの。背景にあるのはIT利権にほかならない。ITベンダーに住基ネット以上の巨大な特需をもたらすだろう」。

「住民基本台帳ネットワークシステム」、通称「住基ネット」。巨費を投じながらほとんど何の役にも立っていないが、多くの反対を押しのけて整備された当初には、「国民ID」として社会保障サービスなどへの利活用の可能性も謳われたのは記憶に新しい。その住基ネットをおざなりにして、今回再び新たなマイナンバー制度を作ろうというわけだ。マイナンバー制度を取材するジャーナリストは、「既存の高速道路に並行して、もう一本、新たな高速道路を作るようなもの。無駄な公共事業以外の何物でもない」と痛烈に批判する。「一度新規に建設されてしまえば、毎年膨大な維持管理費が発生し、それが業者に継続的な利益をもたらす構図は無駄な道路建設と同じだ」(同前)。

 このマイナンバー制度が一気に実現に向けて動き出した背後には、IT業界の影がちらつく。かつて住基ネットに一貫して反対してきた民主党だが、政権の座につくや「マイナンバー賛成」に翻身した。「NECなどIT企業にとって職域拡大になるので、大企業労組が集う連合が賛成したためだろう」と石村教授は憤慨する。

 意見を変えたのは民主党だけではない。自民党では野党時代の昨年、党内の一部でマイナンバー法案の問題点を重視し、制度の導入に反対する声が噴出。反対派議員らは結束し、「議員連盟」を立ち上げる動きにつながった。しかし、議連に参加した自民党議員らに対し、ITベンダーは個別に激しいロビー活動を展開。彼らの切り崩し工作によって、議連からは一人、また一人と脱落し、空中分解していったという。

市場規模は「兆単位」にも


 導入する自治体の状況も同様だ。IT戦略を担当する自民党幹部は、「地方自治体も相応のシステム投資が必要になってくるが、すでに自治体ごとにITベンダーにロックイン(囲い込み)されているような状況だ」。

 昨年七月三十一日、NTTデータの一三年三月期第1四半期決算説明会でこんな質疑応答があった。

質問 マイナンバーもいよいよ法案が通るのではないかという新聞報道もある。売上高への寄与はどのぐらいであるのか。
回答 マイナンバーは公共分野だけではなく、将来的には金融分野等々にも展開されるものと考えており、マイナンバー全体で四桁億円ぐらいにはなるのではないか。

 四桁(数千)億円どころか、業界の一部には「兆単位になる」との試算も飛び交う。群がるのはNTTデータだけではない。マイナンバー制度の導入が現実味を帯びてきた昨年八月、開かれた地方自治体向けのセミナーはNEC、日本マイクロソフトなど六社が協賛した。ここではNECは自治体の基幹システム、日本マイクロソフトは業務効率化システムを売り込むなど、ITベンダーによるロックイン競争は激化の一途だ。

 IT関連企業がはじく市場規模と、なりすましの危険は深くリンクする。民間利用が広がるほど、その危険も広がるからだ。その点は前出自民党幹部も、「行政が運営する情報提供ネットワークシステムは堅牢にするが、その外のインターネットの部分(民間利用)は危険だ」と認めている。

 だが、IT業界の思惑通り、すでに布石は打たれている。政府が提出予定のマイナンバー法案は、「社会保障制度、税制及び災害対策に関する分野における利用の促進を図るとともに、必要に応じ、他の行政分野及び民間における利用が可能となるように行わなければならない」(第三条の2)と定めており、「民間利用拡大」のレールはすでに敷かれている。前出自民党幹部が、「最初から『全部民間につなぐ』って言うと、この話はつぶれるよ」と明かすように、法案成立後、利用範囲がなし崩し的に広げられるのは確実だ。

 だが、こうした問題が今後国会の場で真剣に議論されることはあるまい。すでにマイナンバー制度は自公民の合意の下で法案成立が事実上決まっている。制度が機能しようがしまいが、IT企業の利権は膨らむ。かくして、反対する者がほとんど姿を消した中、壮大な利権話が着々と動き始めている。


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