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連載

追想 バテレンの世紀 連載88

キリシタンへの同情
渡辺 京二

2013年7月号

 一六一四年一月、全国禁教令が布かれても、いきなり厳しい迫害が始まったわけではなかった。禁教の実施を荷う役人たちは、できうる限り穏便な措置を心掛けたようで、一般の空気もキリシタンに同情的だった。モレホンの『続日本殉教録』では、信者を苛酷な運命から救おうとした役人や非信者たちの努力を数々伝えている。

 家康のお膝元駿府でキリシタンの名簿が作成されたとき、奉行の彦坂九兵衛は「情深く穏やかな人であり、このような苛酷な手段を正しいと思わなかったので」、名簿に登録する人数をできるだけ少数にとどめるよう、部下に命じた。しかし、信者たちは信仰の強さを競うかのように争って名乗り出た。九兵衛は登録者の多さに怒ったが、そのうち考えを改めるか身を隠すかするものと期待して、訊問・投獄を一日延しにした。

 いつまでもそうする訳にもいかず、九兵衛は三月二七日、登録者全員を呼び出した。しかし彼は、登録者の隣人や親戚・友人らに、外見上棄教したふりをするよう説得せよと、事前に秘密指令を出していたのである。もちろん登録者たちはそれを拒む。そうすると九兵衛は牢が一杯だという理由で・・・