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《世界のキーパーソン》 マイケル・カッセン(アメリカ・イスラエル公共問題委員会 会長)

米議会でイラン核合意「潰し」を狙う

2013年12月号公開

 米欧中露とイランの核合意を、イスラエルのネタニヤフ首相は「歴史的な誤り」と非難した。米政府に方針転換を迫る仕事を託されたのが、米国内の「イスラエル・ロビー」である。エイパック(AIPAC)の略語で知られる、アメリカ・イスラエル公共問題委員会がその先頭に立つ。

 エイパックの実力は折り紙つきだ。議会への影響力は防衛産業や製薬業界に匹敵し、連邦上下両院のほぼ三分の二を動かす。米国内のユダヤ人は五百万人超で、エイパックの会員も十万人程度なのに、会員四千万人の全米退職者協会(AARP)並みの力を持つのは、政治家の操縦が巧みなことと、金融業界に強いことがあげられる。

 今年六十歳のカッセンはそのウォール街出身。世界有数の資産運営会社「ニューバーガー・バーマン」で最高投資責任者を務め、一九九〇年代には年五〇%超のリターンをたたき出して、業界に名をとどろかせた。二〇〇四年からエイパックの幹部となり、昨年、会長に就任した。銀行家らしい風貌と、ソフトな語り口は、かつての火の玉のようなユダヤ人活動家たちとは、世代の違いを感じさせる。

 曽祖父一家が現在のウクライナから渡米したのは、二十世紀初頭。祖父は十七歳の時に家出して、英国陸軍内に作られた「ユダヤ人部隊」に飛び込んだ。パレスチナの地にユダヤ人国家を築くことを夢見て、第一次世界大戦の中東での戦いに加わった。カッセンが幼いころ、祖父はこの時の戦傷の跡を、孫によく自慢したという。カッセンは後に、「イスラエルに強い関心を抱くきっかけだった」と語っている。プリンストン大学時代には、ミュンヘン五輪でイスラエル選手団がパレスチナのテロリストに惨殺される事件が起こり、ユダヤ人国家への思いは強まった。

 エイパック会長としては、オバマ政権とネタニヤフ政権の亀裂に頭を悩ませる。
「ネタニヤフ政権が中東和平やイラン問題で強硬姿勢を取る中、エイパックも『右』に傾いた。議会はロビーに弱いので、議会と政府の対立構図もできてしまった」と、在ワシントン政治記者は言う。
 議会では共和党、特に保守派からは絶大な支持を受けるが、「それが弱点」と見る専門家は多い。

 外交誌『アメリカン・インタレスト』のアダム・ガーフィンクルは最近の論考で、「ユダヤ人社会は元来、民主党支持だった」とし、共和党に重点を移したことで、「ユダヤ人全体の政治力を薄める可能性が高い」とした。イスラエルの影響力は、子ブッシュ政権時代を頂点に今後はじり貧になるというのだ。ユダヤ人が米国の支配層になる中で、民主党支持層の黒人やヒスパニックは、イスラエルとその代理人たちへの違和感を強めている。

 世界情勢を分刻みで先読みしてきた投資のプロが、この潮流を見逃すわけはない。今春のエイパック年次政策会議では、「米国の新人議員の大半が海外事象にうとい」「国民の対イスラエル感情も変わった」として、米国のイスラエル支持が永遠不滅ではないと警告。さらに、「孤立主義は極めて危険である」として、中東和平に耳を貸さず、イラン攻撃ばかりを唱えるネタニヤフ政権と米国内の強硬派に、もっと現実的な対応をするよう求めた。

 ロビイストの仕事は、時の政府を動かすことであり、野党・共和党と運命を共にするわけにはいかない。次の合意までの半年間に、オバマ政権、米国民、そしてイスラエルすべてを納得させられる枠組みを見出せるのか。ユダヤ人組織は大きな岐路に立っている。


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