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経済

トヨタが消費増税で 「下請け搾取」

行政も救えぬ「断末魔」の中小企業

2014年3月号公開


 四月一日からの消費税増税を前に、政府は中小下請け企業や中間業者が消費税を価格に円滑に転嫁できるよう「特別法」を制定し、経済産業省を中心に六百人体制で転嫁妨害に目を光らせている。だが、中小企業、ことに自動車業界をはじめとするものづくり企業の間には「転嫁できるかわからない」「転嫁は無理」という声が強い。そうした円滑転嫁を阻む「元凶」を探っていくと、行き着くのはいまや過去最高益を更新しようとしている国内最大企業、トヨタ自動車である。

 事業者が納める消費税は本来消費者が負担する建前であり、中間業者は納品価格に消費税を上乗せ、仕入れに含まれる消費税額を差し引いて納税するのが基本だ。つまり、本体価格百円の部品は三月までは百五円、四月からは百八円で納品されることになる。

 ところが、親会社への納品価格に消費税が乗せられなければ、力の弱い下請け企業は増税分を自分で被ってしまうことになる。これが価格転嫁問題の基本構図である。




巧妙な「カラクリ」

 愛知県労働組合総連合(愛労連)には今、価格転嫁ができるかを地元中小企業に問うたアンケートが続々と戻りつつある。賃上げで景気を本格的な回復軌道に乗せるという安倍内閣の狙いの成否は、雇用の七割を占める中小企業の賃金支払い能力にかかっているが、価格転嫁はその鍵を握る問題でもある。

 アンケート結果はまだ集約の途中としながらも、愛労連の榑松佐一議長は、「『転嫁できる』は三分の一ほどで、あとは『できない』か『わからない』。転嫁できて当たり前なのに、こんなデタラメはない」と憤る。

 また、愛知県中小企業家同友会が昨年十月にまとめた消費税緊急アンケートでも、価格転嫁について、自動車部品・関連設備を作る会員企業の二四%が「(転嫁)できない」、一九%が「わからない」と答えている。「黒字の中小企業は全国平均で二七%ですが、うちの会員企業は七割近くが黒字なので、やや大きめの企業が多い。小さいところはもっと苦しいでしょう」と同会の八田剛事務局次長は語る。

 もっとも、トヨタを含め、価格転嫁を認めないと公言する大企業は存在しない。二次下請けの経営幹部はこう話す。「うちはトヨタの一次(下請け)から受注し三次に発注しているが、紙の請求書はほとんど見ないし現金のやりとりもない。コンピューター上で計算し、口座の残高が変わるだけ。コンピューター上で税率を五%から八%に変えるので、転嫁されないなんてしくみ上ありえない」。

 ありえないのなら、なぜ、多くの中小企業は転嫁できないと感じているのか。そこには巧妙な「カラクリ」がある。消費税問題に詳しい山本大志税理士が解説する。
「もちろん、大企業は一応八%を付けるが、本体価格を叩いた後に付けるため、四月以降も税込価格は変わらない。結果として、下請けが身銭を切って増税分を払うことになる」

 昨年十一月、名古屋市で「下請取引適正化推進シンポジウム」が開かれた。経済産業省中小企業庁が主催したイベントに、トヨタ幹部が登壇。価格転嫁をめぐって、こんなやりとりが交わされた。

 長澤哲也弁護士「消費税が八%に上がる時期に単価の引き下げがおこなわれた場合、正当な根拠があっても買い叩きの疑いがかけられる可能性がある」

 トヨタ法務部・峯澤幸久国内法務室長「当社では年二回、部品価格の改定を仕入れ先と実施している。従前の価格と増税後に改定した価格の差が合理的に説明できるような資料をどう残すかがポイント。調達部門など重要な部署には個別に丁寧な説明をしたい」
「部品価格の改定」とは聞こえはいいが、「改定」とはひたすら下がるだけ。要は引き下げをどう正当化するかの話である。
「四月からの単価は二月の交渉で決まる。トヨタから毎期一~三%もの単価引き下げ要請があり、それが一次(下請け)から二次、二次から三次と下りてくる。引き下げを断ると、次回からの仕事が切られるから、有無を言わず従うしかない、という仕掛けだ」(地元事情通)

 トヨタが毎年十二月に下請け企業に提示してきた生産計画が、今年は一月下旬にずれ込んだのは本誌既報の通り。その余波もあってか、二次下請け関係者によると「一次下請けとトヨタとの価格交渉も一カ月程度遅れているようで、我々への値下げ要請はまだきていない」という。だが、彼らに安堵の表情はない。「これまでトヨタの神話とされてきた国内生産三百万台体制が崩れると囁かれている時に、最高益の還元などとても期待できる状況ではない」。




愛知県下で静かに広がる廃業

 親事業者が本体価格を叩くことで、消費税を下請けが被ってしまう。この問題に国はどう対応するのか。経済産業省の出先、中部経済産業局の下に設置された消費税転嫁対策室に訊くと、「消費税率が五%に上がったとき(中小企業から)転嫁が難しかったという話が出たので、万全の体制を取った。職員六人とGメン(転嫁対策調査官)三十七人の体制で転嫁妨害を監視している」と胸を張る。

 だが、「大名と武士、農民じゃありませんが、企業間の上下関係がある中、価格転嫁できなかった企業が当局に申告などできるはずがない」(愛知同友会幹部)。

 その点を対策室に質すと、「情報秘匿は徹底するので、お困りの方はぜひご相談を」と言うばかりで、匿名での申告で調査はできないのかと問うと、「それは言えない」と歯切れが悪く、「うちは強権も何もない、お願い行政だから……」と早くも及び腰だ。

 前出の山本税理士は、「これで監督が機能するというのは、取引関係を無視した詭弁。仕事を切られる恐れがあるのに、誰が親事業者を告発できるのか」と呆れる。

 二月四日、トヨタの佐々木卓夫常務役員は「仕入れ先と一体となった原価改善が収益に貢献している」と、史上最高益を予想した決算発表会見の場で明かした。「原価改善」の効果は年二千四百億円。輸出品には消費税がかからないため、トヨタは年一千八百億円の輸出戻し税も得ている。税率が八%に上がると、「戻し」は二千八百億円を超えるとみられる。下から絞って上からは還付。価格転嫁できない消費税は中小企業経営を直撃し、国税滞納に占める消費税の割合はついに五〇%を超えた。

 佐々木常務は同じ席上で、従業員への最高益の利益還元を意欲的に語る一方、「サプライヤーへ還元する気はあるのか」との記者からの質問には口を濁し、質問をかわした。トヨタの単価叩きと痛税の下、愛知県下では中小企業の廃業が静かに広がっている。


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