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社会・文化

春に味わうバッハ「宗教曲」

復活祭恒例「マタイ受難曲」の魅力

2014年3月号

 復活祭に向けて四旬節に入ると、待ち遠しい春の兆しとともにドイツでは、受難曲演奏のシーズンを迎える。各地の教会で、バッハの《マタイ受難曲》(BWV244)および《ヨハネ受難曲》(BWV245)が次々と演奏されていく。ベルリンやハンブルクなどの大都市だと、この一カ月強の間に、規模の大小を含めてその数は十五~二十回にも及ぶ。 《マタイ》が、バッハの最高傑作のひとつであることは論を俟たない。それを裏付けるかのように膨大な数の録音が存在する。定盤といえば、カール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ合唱団および管弦楽団の演奏―この集中力と凄味にあふれる演奏は、やはり類例を見ない。あるいは鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパンの録音も高水準だ。日本人の演奏家が、これほどのバッハを聴かせるようになったことは嬉しいことである。筆者個人としては、イギリス人指揮者のジョン・E・ガーディナーによる静と動があいまみえる意欲的な解釈を愛聴しているが、最近ではベルギーのシギスヴァルト・クイケン指揮による静寂さをたたえた、美しい演奏にも心を動かされる。 歌詞と結びつく「距離の概念」・・・