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連載

皇室の風 75

御召列車徐行す
岩井 克己

2014年11月号

 昭和三十八年、昭和天皇は宮城県の地方事情視察と青森県での植樹祭出席のため五月十八日から同二十二日まで両県を訪問した。十八日は仙台市で旧仙台城などを視察して一泊。翌日、青森に向かった。御召列車で約五時間ほどの移動だった。『昭和天皇実録』は、岩手県を通過する際に列車が水沢駅で速度を落としたと記述している。

「五月十九日 日曜日 午前九時五十八分、御泊所グランドホテル仙台を御出発になる。仙台駅より御乗車になり、青森県に向かわれる。途中の水沢駅において徐行され、斎藤ハル(故内閣総理大臣斎藤実夫人)の奉送迎をお受けになる」

 ホームに佇む老女。通過する列車の窓越しに会釈する天皇。一瞬の沈黙の対面だった。

 編年体の『昭和天皇実録』の動静記録は油断ならない。とくに戦後は坦々たる記述が続くが、時に歴史と人情の機微がちらりと垣間見えることがある。

 斎藤実は安政五年、水沢伊達家に代々仕える藩士の子として生まれ、維新後に幼なじみの後藤新平とともに県庁の給仕となり、のち海軍入りした。実力と勤勉さを認められて米駐在公使・・・