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連載

美の艶話 4

情事はアーモンドの花のごとく
齊藤 貴子(上智大学大学院講師)

2016年4月号

作品:エドワード・バーン=ジョーンズ作『ピュリスとデモポーン』 バーミンガム美術館(イギリス)所蔵

  一年を通して緑の枯れることのないイギリス。その緑が一層濃くなる春の野は、また格別の趣だ。空気はどこかひんやりとしていても、煙るような草の匂いに、白やピンクの甘い花の香りが入り混じり、眼から鼻から五感を揺さぶる。歩いているだけで何かいいことありそうで、わけもなく心が躍る。
 日本ならば桜がもたらすこの効能は、イギリスでは往々にしてアーモンドの花がもたらすものだ。ご存じの通り、アーモンドは食用の実のほうが有名だが、花もなかなか素晴らしい。それこそ桜めいた小さく可憐な五弁の姿と、淡く漂う甘い香りは、イギリスのみならずヨーロッパの春の代名詞に他ならない。
 しかし一転、現実から芸術の世界に目を転じれば、アーモンドの花はたちまち「愚かさ」の象徴となる。意外な意味の背景に潜むのは、古の神話。自分を捨てた恋人デモポーンを想うあまり命を絶ち、森のアーモンドの木に成り変わって、彼が傍を通り過ぎると花を咲かせたという乙・・・