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社会・文化

音楽名家「ワーグナー一族」の黄昏

オペラより面白い舞台袖の「愛憎劇」

2016年9月号

 リヒャルト・ワーグナーの聖地、ドイツ・バイロイトに濃密な人間ドラマが戻ってきた。大作曲家の曾孫である二人の女性が、今回の主人公である。当代屈指のワーグナー指揮者、クリスチャン・ティーレマン音楽監督もからんで、音楽界随一の名門一家には「黄昏」の色彩が強まるばかりだ。

四人の女の跡目争い

 事件は、その晩に起こった。
 熱心なワグネリアンとして過去十年以上、バイロイト音楽祭に欠かせない存在だったアンゲラ・メルケル首相とヨアヒム・ザウアー氏の夫妻が八月二日、バイロイトに帰ってきた。
 首相夫妻は例年、音楽祭初日に公人として臨み、その後は私人として数日間滞在する。今年は難民危機の多忙に加え、初日直前の七月二十二日にミュンヘンで乱射事件が起きた。それでも、フェイスブックに「ワーグナー狂」を公表する首相が何とか間に合わせたことに、関係者は一様に安堵した。この夜は「トリスタンとイゾルデ」。音楽祭の総監督カタリーナ・ワーグナー演出の舞台だった。
 四時間以上の上演後、総監督が舞台に現れると、ブ・・・