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政治

《土着権力の研究》兵庫県 嘉納一族

勢い衰えぬ灘の造り酒屋

2017年3月号

 関西と言えば、中世の「堺商人」に象徴されるように、商売人の歴史的な聖域として知られ、日本の大企業の発祥の地として現代にも息づく。その血脈を神戸で綿々と引き継いだ名門商家の代表格が嘉納一族だ。嘉納家の興隆のきっかけは、嘉納治郎大夫が酒造業に乗り出した一六五九年(万治二年)にさかのぼる。
 当時、御影村(現神戸市)の材木商だった嘉納家は冬場の副業として酒造業に乗り出した。これが現在の菊正宗酒造の始まりである。八代目嘉納治郎右衛門のときから、商標を「菊正宗」に。その四男の初代嘉納治兵衛は分家し、二代目嘉納治兵衛も一七四三年から酒造業を営み、銘柄を「白鶴」とした。これが白鶴酒造のルーツである。神戸では、今も菊正宗を「本嘉納」、白鶴を「白嘉納」と呼ぶ。
 講道館の設立者として著名な嘉納治五郎は「白嘉納」の分家だ。
「本嘉納」と「白嘉納」の両家は戦前から現在まで、神戸の経済や文化、教育を主導してきた。
 東洋の古美術で有名な白鶴美術館は、白嘉納七代目当主である嘉納治兵衛の収集品を展示。全国屈指の進学校として知られる灘中学・高校は、一九二七年に本嘉納、白嘉納・・・