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連載

本に遇う 連載210

ゲイ・タリーズと出歯亀
河谷史夫

2017年6月号

 あちらでは「ピーピング・トム」と呼び、こちらでは「出歯亀」という。覗き見男のことだ。
「トム」は、酷税下の民に同情する領主夫人が亭主を諫めて、全裸で馬に乗り街を駆けたのを窓から覗き見した仕立屋の名だったというが、史実ではないらしい。
「亀」は「一九〇八年、女湯の覘きの常習者で、出っ歯の植木職池田亀太郎という男が、東京・大久保で性的殺人事件を起こしたところから」と日本国語大辞典にあるから、これは実在の男だった。
 森鷗外も関心を持っていたとみえ、「ヰタ・セクスアリス」に「出歯亀といふ職人が不断女湯を覘く癖があって、あるとき湯から帰る女の跡を附けて行って、暴行を加へたのである」と書いている。
「出歯亀主義」という用語も生まれた。亀太郎の事件をきっかけに、現実暴露を旨として性的描写を行った自然主義に対して使われ、さらに発展して社会主義や無政府主義にも適用されたという。反体制思想を揶揄したのである。
 昭和戦後に「覗き見男」とされたのは寺山修司である。八〇年七月十三日夜、寺山は東京都渋谷区宇田川町のアパート敷地内にいるところを住人に見つかって・・・