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連載

美食文学逍遥14

フランス人が描いた「スキヤキ」
福田育弘

2018年2月号

 フランスの日本料理の本に掲載されている料理の写真を見ると、しばしば違和感を抱くのはどうしてだろうか。たしかに、日本料理なのだが、どこか違う。フランス人の感性が微妙に作用しているからではないか。
 たとえば、日本人に馴染みの鍋料理であるすき焼きを、フランスを代表する批評家ロラン・バルトが描くとどうなるか。
「スキヤキとは肉と野菜の煮込みであり、すべての材料は見知ったものだし、それとわかるものだ。なぜなら、あなたが食べているあいだじゅう、あなたの前で、まさに食卓のうえで、スキヤキが休みなく作られていくからだ。生のままの材料が大皿に盛られて運ばれてくる(生ではあるが、皮をむかれて洗われ、春の衣服のような、輝かしくも色鮮やかで調和のとれた裸体をすでにまとっているので、『色彩、繊細さ、筆致、効果、調和、妙味といったすべてがある』とディドロならいうだろう)。あなたにとどけられるのは、市場のエッセンスそのものだ」
 バルトの有名な日本論『記号の国』のすき焼きに関する一節の冒頭部分である。
 絵画的で非常に美しい描写だ。多様な食材が生のまま、色鮮やかに並べられ・・・