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連載

美食文学逍遥 第17話

焼汁滴る鵞鳥の丸焼き
福田 育弘

2018年5月号

 フランス料理のメインは、なんといっても肉のロースト、それも大きな塊の肉のローストである。
 それは日本の普段の食事のように、多くの料理がいちどきに出されていた十九世紀中葉までのフランス式給仕法でも、現在のように料理が一品一品出されるロシア式給仕法でも、同じく食事の主役だった。かつての給仕法では、ロースト肉は他のいくつもの料理を従えて、食卓の中央にさまざまな飾りつけとともに置かれていた。
 とはいっても、料理が順番に出されるようになって、いくつかの料理を序曲に、そのあとに給仕される肉のローストの役割は、時間的な意味でも主役になった。
 それがよくわかるのは、ゾラの『居酒屋』で、洗濯店を営む女主人公ジェルヴェーズが近所の知り合いを招いて、みずからの誕生日を祝う宴会場面だ。
「巨大な、金色に輝く、焼汁を滴らせた鵞鳥がテーブルに置かれたが、みんなはすぐに攻めかかろうとはしなかった。感嘆のあまり、敬虔な気持ちになって、声も出なかったのだ。たがいに鵞鳥を見やりながら、眼くばせをしたり、うなずいたりした。すごいじゃないか! なんて女っぷりだ! どうだい、あの・・・