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経済

サッポロビール「健康食品」の大嘘

「虚構」の効能で消費者を欺く手口

2019年1月号公開

  学術にその名を借りて、カネさえ払えば、劣悪で信頼性の著しく低い論文をあたかも正確で斬新なように偽装するハゲタカ学術誌。本誌十月号は、アカデミズムの世界を愚弄する似非メディアの妄用に「味の素」が手を染めていた事実を詳述したが、あくまでも氷山の一角だ。食品業界では、この似非媒体を巧みに駆使した販売促進活動が常態化している。黒ラベルで有名な、大手飲料メーカーの中核「サッポロビール」(以下、サッポロ)とて例外ではない。
 サッポロは一八七六年(明治九年)に明治政府が設立した老舗だが、その前途は明るくない。グループの売り上げの約半分を占める国内の酒類市場が縮小しているからだ。国際会計基準の初適用となる二〇一八年一~六月期の決算で売上高は二千四百十七億円(前年同期比マイナス三・六%)、営業損益は三十億円余の赤字となった。
 逆風の同社が期待するのは、乳酸菌事業だ。機能性表示で効能をうたいやすくなり、他の製品との差別化が可能になった。IR資料には「グループ経営基盤の変革」の項目に「独自性のある原料研究の成果を商品開発へ」と題して、レモン、ホップとともに乳酸菌が挙げられている。
 
「カネでエビデンスを買った」
 
 乳酸菌事業でのサッポロの目玉はSBL88Ⓡ乳酸菌というもの。「長年ビール原料の研究を続けてきたサッポロビールが一九九五年に見つけ出した、大麦に由来する植物性乳酸菌。二〇〇五年以来の研究により、数多くの健康機能性を持つことが明らかになっています」と効用をアピールし、ヨーグルトから豆乳、味噌にまでこの乳酸菌を用いた商品を売っている。その一つ、乳酸菌豆乳発酵飲料の「明日のキレイ」は「幸せ乳酸菌SBL88(殺菌)が一缶に八十億個以上」と宣伝している。
 サッポロはSBL88の販売に際し、エビデンスを重視しているという。同社によれば、その働きは「腸内バランスを整える」「肝機能のバランスを整える」「免疫バランスを整える」「生活リズムを整える」の四つだそうだ。ホームページでは、それぞれの効果を「証明」するという研究結果が紹介されている。例えば「肝機能のバランスを整える」。サッポロの主力商品であるビールの多飲は脂肪肝を招く。健康志向の昨今「ビールは太りやすい」と敬遠されがちだ。この問題を解決すべく、彼らはSBL88に目をつけた。サッポロビールを飲むときに、同社のヨーグルトを併用することで肝臓を保護できると言い出したのだ。
 彼らは、そのエビデンスなるデータをホームページに示した。社員である脇田義久氏らが旭川医科大学と協力して、一二年五月に発表した論文だ。同時に、この論文は「フード・アンド・ニュートリション・サイエンシズ」誌に掲載された。出版するサイエンティフィック・リサーチ社は、ハゲタカ出版社として著名だ。専門家によるまともな査読はない。数十万円の掲載料を支払えば、簡単に論文を掲載することができる。サッポロは「カネでエビデンスを買った」(内科医)ことになる。
 彼らは、飲酒が習慣化している成人を、SBL88乳酸菌を毎日摂取するグループと摂取しないグループに分け、ビールの中瓶を毎日二本ほど飲んでもらった。そして、四週間後に採血し、肝機能などの指標となるガンマGTPを測定したところ、SBL88乳酸菌摂取群で有意に低かったという。もし、この効果が持続すれば画期的だ。ヨーグルトを食べるくらいで、肝機能が改善するなら、脂肪肝に悩む男性はダイエットや運動に励むこともなくなる。こんなに有り難いことはない。
 もちろん、この論文は笑止千万の眉唾物だ。詳細に読むと、四週の時点では、確かにSBL88摂取群の方がガンマGTPは低かった。だが、その後、上昇し、八週の時点では逆転した。つまり、SBL88乳酸菌は肝機能には影響しないのだ。被験者を二つのグループに分ければ、たまたま差が出る事例はしばしば起きる。しかし、その差が八週間持続しなければ、SBL88の効果とは決して言えない。前出の内科医は「まともな医学誌なら、こんな研究が掲載されるなどあり得ない」と突き放す。
 
骨密度や高血圧改善のデタラメ
 
 サッポロは「(SBL88乳酸菌の)菌体が腸管に働きかけて腸でセロトニンを分泌させ、自律神経を介して脳に作用することで、種々の効果を示している研究結果が得られています」と主張する。
 だが、その根拠も一三年八月に社員である中北保一氏らが同じく「フード・アンド・ニュートリション・サイエンシズ」誌に掲載した論文だ。セロトニンは腸管から分泌され、脳を刺激する「やる気を起こさせる物質」と言われ、中北氏らの主張は原理的には否定できない。しかし、ヨーグルトや味噌に含まれる程度の量を摂取したところで、目に見える効果が出ることは極めて考えにくい。
 この内科医が驚くのは、サッポロがエビデンスとして提示する論文の多くが「米国国立医学図書館データベース(PubMed)はもちろん、米コロラド大学デンバー校の前図書館員ジェフリー・ビオール准教授が作成したハゲタカ学術誌のリストにも掲載されていない」ことだ。後者は、世界の研究者が、その存在すらチェックしない媒体であることを意味する。競争が激しい研究の世界で、こんな媒体に好きこのんで自らの研究を発表する研究者はいない。中身は推して知るべしだ。
 他にも、サッポロが誇るエビデンスの中には、こうしたインチキ雑誌に掲載されているものが少なくない。例えば、一七年六月に県立広島大学などと共同で発表した論文。その内容は、カルシウムを増やしたレモン果汁飲料を摂取することで、中高年女性の骨密度や高血圧が改善したという触れ込みだが、この論文が掲載されたのは「IMJ(国際医学雑誌)」。同誌を出版するのは「世田谷文化」などを刊行する世論時報社で、本来なら最新の医学研究を扱う媒体ではない。
 サッポロが一三年八月に同じく広島県立大学と共同で発表した「レモン栽培農家におけるメタボリックシンドロームに関わる関連要因の検討」が掲載されたのは「日本未病システム学会雑誌」。高橋謙造・帝京大学教授(公衆衛生学)は「日本未病システム学会雑誌に掲載された論文をエビデンスと考える医師はいない」と切り捨てる。
 日本の食品・飲料メーカーは今、体調を整える機能があることを強調する「機能性食品」の開発に余念がない。大学と共同で研究し、その成果を喧伝している。掲載される媒体の多くは、眉唾物の論文が並ぶハゲタカ学術誌だ。それでも、メーカーは商品の効果をもっともらしく見せるためにカネを注ぎ込み、臆面もなく、そんな媒体に載せる。消費者はいいように騙され続けているのだ。


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