三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

大往生考 第1話

「老老介護」の影と光

2020年1月号

 医師になって約三十年。多くの患者を看取ってきた。人の死に方は様々だ。惜しまれて亡くなる人もいれば、恨み言を言いながら、孤独に死ぬ人もいる。死に方は人生の縮図と感じることが多い。九十五歳で大往生した女性の一件は、筆者にとって大変印象深かった。
 彼女は関西の新興住宅地の一戸建てに、七十代半ばとなる実の娘と二人で暮らしていた。七十代で心筋梗塞を患ったが、九十歳くらいまでは元気だった。俳句が趣味で京都に吟行などしていたらしい。
 状況が変わったのは、食道裂孔ヘルニアが悪化し、誤嚥性肺炎を発症してからだ。
 誤嚥性肺炎は高齢者でありふれた病気だ。胃酸とともに食物残渣が肺に入る。胃酸で肺が傷つけられたところに雑菌が繁殖する。多くの患者は死亡する。
 幸い、誤嚥性肺炎は治ったが、この時の入院で体力は目立って低下し、寝たきりとなった。また、認知症も悪化した。自分の娘以外は分からなくなった。
 その後も患者は誤嚥を繰り返した。食道裂孔ヘルニアを手術すべきだが、全身状態が悪く、手術に耐えられそうにない。
 主治医は胃瘻を勧めた。胃瘻を造れば、・・・