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連載

皇室の風 149

常世の舟
岩井 克己

2021年1月号

 石牟礼道子の願いを受けて、二〇一三(平成二十五)年十月、水俣を訪れた天皇・皇后(現上皇夫妻)に、胎児性水俣病患者加賀田清子、金子雄二は、笑顔で押し花付きの栞と名刺を手渡した。
 この時、ともに六十一歳。患者・家族らの受難の年月の長さと重さが改めてしのばれた。
 複合介護施設「明水園」での一九七六年の成人式の模様が支援団体の機関紙に記録されている。
「金子雄二クンはいつものオシャレぶりを発揮して、すでにキメている。長身に紺のスーツがよく似合う。ワイシャツは色物だけという明水園一のダンディ男だ。(略)加賀田清子さんは母親に付添われて美容院から帰ってきた。『似合うじゃろか?』という母親の心配をよそにすっかり女を放っている。『ホー』というタメ息が周囲からもれる。二人は『私たちは病気に負けず頑張ります。私たちはりっぱな社会人になることを誓います』と宣誓文を読み上げた。たどたどしい口調であったが、一生懸命読み上げた。母親がそっと目頭をおさえた」
 翌年には上村智子、坂本しのぶら十人が成人式を迎えている。「宝子」と母が呼んでいた上村は、この年の十二月六日に二・・・