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連載

本に遇う 第270話

独裁者は殺戮を好む
河谷 史夫

2022年6月号

 侵略されて二カ月半、とうとうマリウポリが落ちた。製鉄所を囲んだロシア軍に、プーチンが「ハエ一匹通すな」と命じたと聞いてぞっとした。地下に避難した非戦闘員市民が沢山いるのである。仮初の停戦でかろうじて脱出できた人はいたが、全員が逃げきらないうちに攻撃は再開されたという。
「われに盾突くやつは容赦しない」とは、専制独裁者の常道だ。
 元亀二年九月十二日、織田信長は比叡山焼討ちを下知した。敵対する浅井・朝倉勢に延暦寺が通じていることを難じて警告を発し、傍観していろとの要求を無視黙殺されたゆえである。
「叡山を取り詰め、根本中堂、山王廿一社を初め奉り、霊仏・霊社・僧坊・経巻一宇も残さず、一時に雲霞の如く焼き払ひ、灰燼の地となすこそ哀れなれ」
 裸足で逃げ惑う男女老若は片っ端から捕らえられた。
「其の隠れなき高僧・貴僧・有智の僧と申し、其の外、美女・小童、其の員をも知らず召し捕へ召し列らぬる。御前へ参り、悪僧の儀は是非に及ばず、是れは御扶けなされ候へと、声々に申し上げ候と雖も、中々御許容なく、一々に頸を打ち落され、目も当てられぬ有様なり」(『信・・・

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