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連載

をんな千一夜 第66話

愛新覚羅浩 国策と敗戦を生き抜いて
石井 妙子

2022年9月号

 日本では八月六日から十五日の終戦記念日までが、「戦争を考える時期」となっている。だが、隣国の中国では事情が異なる。満洲事変が起こされた瀋陽市では、今年も九月十八日の午前九時十八分に、鐘やサイレン、自動車のクラクションが一斉に鳴らされることだろう。他にも様々な式典が行われる。日中戦争の始まりとなった、屈辱の日を忘れまいとする中国。一方、日本で「九月十八日」を知る人はどれだけいるか。
 満洲事変を起こした関東軍は国際社会の批判を無視して翌年、「満洲国建国」を宣言。皇帝に据えられたのは清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀であった。だが、皇帝とは名ばかり。溥儀は関東軍の横暴な態度に苦しみ、対立した。すると関東軍は皇帝溥儀のひとつ違いの弟、溥傑に目をつけ日本の陸軍士官学校に留学させた上、日本の華族令嬢と強引に結婚させる。令嬢の名は、嵯峨公爵家の嵯峨浩である。
 浩は一九一四年(大正三年)、東京に生まれた。女子学習院高等科を卒業後、油絵に熱中して気ままな生活を送っていたところ、一九三六年十一月に軍部から、この見合い話が持ち込まれたのだ。浩は画塾の友人に宛てた手紙に、「私は死んだつもり・・・