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社会・文化

本誌と日経新聞「名誉毀損裁判」顚末

報道機関の「本分と良識」を問う

2023年7月号公開

 絶命するまでの約五分、その苦悶は想像を絶する。
 ドイツ国防軍陸軍元帥、エルヴィン・ヴィッツレーベンは、首にピアノ線の輪を巻かれて吊るされると、衣服を剥がされ、全裸のまま放置された。しかも、もがき苦しむ姿を撮影されている。やがて鼻孔から出血、糞尿をもらして果てた。この凄惨な絞首刑は八人続けて執行され、処刑場は異臭に包まれたという。
 七十九年前の夏の出来事である。元帥は、「ワルキューレ」の作戦名で知られるヒトラー暗殺計画の首魁だった。暗殺失敗後、ヒトラーの報復は苛烈を極め、独ソ戦の最中に多くの関係者が粛清された。ウクライナでは今、同国軍の反転攻勢が始まったが、ドイツ国民が武器供与に慎重だった心理が察せられる。互いに猜疑し、戦慄したかつての記憶が蘇るのだろう。
“裏切り者”は容赦しない─。その悲劇を彷彿とさせる出来事が、本誌と日本経済新聞社の係争の間にも起きていた。
 日経の脱炭素報道を“誤報”と指摘した本誌二〇二一年五月号の記事「日経新聞『脱炭素商売』の無節操」に対し、日経が名誉毀損を唱えていた訴訟は、一審(野村武範裁判長)、二審(村上正敏裁判長)とも本誌の主張は認められず、敗訴となった。しかし、審理の過程で日経の取った主張と行動には、報道機関として看過できない欺瞞と恫喝があったと本誌は考える。この場で総括したい。

報道に責任を負わない大新聞

 審理は多岐にわたったが、本誌が“誤報”とし、主な争点となった日経記事は二本。いずれも朝刊一面トップで報じられた。
〈石炭火力 輸出支援を停止 首相、来月にも表明 脱炭素で米欧と歩調〉
 一本目の二一年三月二十九日付記事は、政府が石炭火力プラントの発展途上国向け輸出の金融支援を停止する検討に入り、当時の菅義偉首相が翌四月の気候変動サミットで表明するという内容である。が、報道直後に加藤勝信官房長官、梶山弘志経済産業相は「検討の事実はない」と否定、とりわけ梶山氏は「経産省に取材はなかった」と断言している。実際、菅首相の表明も行われなかった。
 これに対し、日経は見出しに〈来月にも〉とある通り、記事は菅首相が気候変動サミットで表明する旨記載したものではないと主張した。加藤氏、梶山氏の閣僚二人が検討を否定したのも、当時、石炭火力の輸出の是非は重大な外交案件となっており、「関係者に配慮して玉虫色の説明を行ったと思われる」と推測を述べた。輸出支援停止の方針は同年六月のG7サミットで菅首相が表明しており、だから「記事は真実の報道」という。
 しかし、記事に二カ月半後のG7サミットに触れた記述は一切ない。報道時点で政府が輸出支援停止の方針を固めていた明確な証拠はなく、出てきたのは〈官邸ペーパー〉という出所不明のメモ一点。さらに「記事はG7サミットで表明する旨報じたものでもない」と言を左右にされては、何が“真実”なのか分からない。
〈日鉄、50年に温暖化ガス排出ゼロ 水素利用や電炉導入〉
 二本目の二〇年十二月十一日付記事は、中長期の経営計画を策定中だった日本製鉄が、二〇五〇年に脱炭素を実現する方針を固めたという内容である。当時、相次ぐ高炉休止、人員削減を余儀なくされていた日鉄の関係者は大混乱に陥った。翌年三月に発表された日鉄の経営計画には〈50年に排出ゼロ〉のコミットはなく、橋本英二社長も会見席上、「現時点では具体的なマイルストーンは申し上げられない」と発言している。
 これに対し、日経は「記事は橋本社長のインタビューに基づいた報道であり、誤報ではない」という弁解に終始した。つまり言ったことを書いただけで、経営計画には関知しないということだ。しかし、一般読者の普通の読み方に照らせば、日鉄が〈50年に排出ゼロ〉を決めたと解釈するのは自然である。それを、「一般読者が見出しからどういう印象を受けるかは問題ではない」と開き直った。
 書いていない推測を主張し、書いた内容を否定する─。二本の記事から浮かび上がるのは、自らの報道に責任を負わない日経の姿である。後付けのご都合主義で言い訳すれば、“誤報”はいくらでも正当化できる。

手段を選ばない日経弁護士

 本誌記事の真意は、一連の日経報道に世論を脱炭素へ誘導する意図があるのではないかという指摘だった。日経が脱炭素関連の広告・イベント事業を展開していることに鑑みれば、報道姿勢への疑義は拭えない、そう批判的意見を表明したのである。しかし、司法にその真意は届かなかった。脱炭素に関する理解も乏しく、審理は記事の字義解釈に終始、比喩や風刺を認めない判決は今後、メディアの表現の萎縮につながるだろう。
 いや、司法は分かっていたはずだ。日経の三千三百万円の損害賠償請求を二百二十万円へ減額した理由の一つに、「(本誌記事には)原告の報道姿勢に偏りがあるのではないかという問題意識がある」ことを挙げている。それでもなお、判決に“性善”である大新聞を信じる先入観があったとすれば、司法の不明というほかない。
「PDFでメールしていただけませんか」
 日経の代理人弁護士は何食わぬ様子で電話してきた。本誌は日経の編集現場の内情を取材したノートを、証拠として東京地裁へFAXで提出していたが、それをメールで送ってほしいという。受け取った同弁護士は取材ノートをデジタル処理し、黒塗りの固有名詞のマスキングを剥がしたのだ。
 二二年十月十八日に行われた本誌記事の筆者の証人尋問─。同弁護士は筆者に日経内部の取材源を繰り返し聞いてきた。さらに日経のある社員を特定し、その人物が取材源であることに同意するよう執拗に迫ったのだ。もちろん、筆者は回答を拒否したが、報道機関の弁護士が法廷でニュースソースを明かせ、と尋問することは極めて不見識である。
 この日から“裏切り者”とされた社員への日経法務室の査問が始まった。パソコン、携帯電話、社員証も取り上げられ、事実上の自宅軟禁に処せられている。解雇をチラつかされて自白を迫る査問は三カ月に及び、この間の本人の苦悶は察するに余りある。不眠、拒食、全身の倦怠感に襲われ、最初の一カ月で十キロ痩せた。「死ぬほどつらい」という本人の吐露は、まさに首吊りの非命に等しい。
 同弁護士は日経社員を精神的に追い込んだ挙げ句、本誌の取材は事実無根とする陳述書に署名させ、一審結審後に提出、司法の印象操作を謀ったのである。この陳述書は二審で真実性を否定されたが、手段を選ばない同弁護士のやり方は指弾に値する。
 改めて問う、日経は報道機関ではないのか─。記事に批判的意見を受けた報道機関がすべきことは、名誉毀損を訴え、情報源を粛清することではない。言論には言論で対峙すること、それが報道機関の本分である。猛省を促す。


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