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連載

大往生考 第44話

なにが治療の正解なのか
佐野 海那斗

2023年8月号

 広島カープのエースだった北別府学氏が、六月に世を去った。死因は成人T細胞白血病(ATL)だ。末梢血幹細胞移植(以下、移植)を行ったが再発した。
 大学院時代に発がんを研究した筆者にとり、ATLは忘れられない疾患だ。一九七七年に京都大学の内山卓、高月清氏らが、九州南部に多い特殊な白血病としてATLを発見し、八一年に、同じく京大の日沼頼夫氏らが、原因ウイルスのHTLV-1を同定した。
 今や、多くのがんが病原体の感染により生じることは常識となったが、その端緒を切り拓いたのは彼らだ。のちに、母乳を介して母親から感染することも判明し、妊婦スクリーニングという公衆衛生的介入も始まった。早晩、ATLは世界からなくなるだろう。日沼氏は、毎年のようにノーベル賞候補に名が挙がった。
 ATLは発がん研究の分野以外でも注目された。南九州のほか、東北地方、紀州、四国、北海道に多く、弥生人に追われた縄文人の移動と関係する可能性があるからだ。ATLに対する民俗学的アプローチも進んでいる。
 ATLは学術的見地からは興味深い研究テーマであるものの、臨床医にとってはありがた・・・

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