三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月刊総合情報誌

連載

本に遇う 第306話

ブンヤから豆腐屋へ
河谷 史夫

2025年6月号

 テレビ朝日系に「人生の楽園」という長寿番組がある。中年あるいは老齢に差し掛かった男女が、都会から地方へ住まいを遷して第二の人生を始める。その生き方を紹介するドキュメンタリーだ。
 たいていは勤め人だったのが転身し、田舎で野菜作りをしたり、カフェを開いたり、民宿をやったりしている。うまくいっているようなのである。ただしその後のことは分からない。
「人生100年」と囃される今日、「生涯一以って之を貫く」などと気取ってはいられないのかも知れない。「現在では」と、井上ひさしがつとに『四千万歩の男』に書いている。「たいていの人が退職後も20年、30年と生きなければならなくなってしまった。人生の山が一つから二つにふえた。われわれの大半が『一身にして二生を経る』という生き方を余儀なくされているのである」
「一身二生」とは、福澤諭吉の立言として有名だ。『文明論之概略』にいわく「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」。幕末から維新、西洋近代文明を受容する際に実感したことであった。福澤らは漢学を捨て洋学を学んだが、その手段の言語を当初のオランダ語から英語に切・・・

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます