三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月刊総合情報誌

連載

大往生考 第76話

あなたがそこにただいるだけで
佐野 海那斗

2026年4月号

 どうせなら周囲の人から惜しまれつつ死にたい。多くの人の願望だろう。それは、生前の行いしだいだ。願えば叶うというものではない。先日、世を去った80代の女性の生きざまには考えさせられた。
 Yさんの死は、夫からの電話で知ることになった。家族だけの葬儀を終えて、一息ついて連絡をしてくれたという。
 夫によると、Yさんは前夜まで元気だったという。朝、夫が目覚めると、Yさんは居間に倒れていた。救急車で最寄りの病院に搬送されたが、既に心停止の状態で、程なく死亡が宣告された。Yさんは心臓に持病を抱えており、担当医は急性心不全による死亡と診断した。
 私がYさんと知りあったのは、勤務する病院の事務長の紹介だった。事務長の祖父がYさんの高校時代の同級生という縁らしい。その後、私はYさんの主治医となった。
 初めての診察の後、事務長を交えてYさんと食事した。1時間ほどの会話だったが、ほとんどYさんがしゃべり続けた。話題は自らの病気から、事務長の祖父のこと、さらに政治、経済、芸術まで多岐にわたった。
 ただ、彼女の人柄のなせる業だろう。私は嫌な感情を抱くこ・・・

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます