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WORLD

米軍「黒海シフト」が生む緊張

理由なきプレゼンスが急拡大

2010年7月号

 黒海の波が高い。かつて東ローマ帝国とオスマン帝国の支配下にあった文字通り「黒味をおびた海」は、幾多の歴史的な攻防の舞台となってきた。十九世紀の壮絶なクリミア戦争を経て、二十世紀前半にはソ連黒海艦隊とドイツ中心の枢軸軍との死闘があった。
 北大西洋条約機構(NATO)加盟国トルコが、この海を挟んでワルシャワ条約機構軍とにらみ合う冷戦の構図が消え去って二十年以上が経過した現在、新たな事態が進行中だ。
 一方の主役は再びロシアだが、それと対峙するのはかつて枢軸軍に加わっていたルーマニアとブルガリアだ。そしてこの両国に軍事拠点を拡大しているのは、米国に他ならない。
 世界地図を広げるまでもなく、黒海の地政学的重要性は自明である。むしろ、米国が、後述するような拠点建設を、なぜ今さら開始したのか疑問に思えるほどだ。
 北東はウラル以西のロシアの下腹部にあたり、東はカフカスに面する。南はトルコを挟んで中東へ通じ、北は露黒海艦隊の拠点であるセヴァストポリを擁するのみならず、ロシアの西欧向けガスパイプラインの八割が敷設されたウクライナの肥沃な大地が広がる。・・・