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連載

あるコスモポリタンの憂国 連載44

ミュンヘン市庁舎市議会堂の大絵画
紺野 大介(清華大学招聘教授)

2010年9月号

 ミュンヘンは筆者にとって懐かしい町である。二度目だったか一九七〇年代半ば、ある日レンタカーを借り、市内のホテルに泊まり翌日でかけようと車に近づくと、フロントガラスのワイパーに紙切れが挟まっている。
「貴方の車を傷つけてしまいました。修理代をお支払しますので、下記の電話番号にご連絡を下さい」――といった内容であった。同じ敗戦国なのに当時の日本にこのような市民レベルのモラルが僅かでもあっただろうか?と心底思い、この出来事でいっぺんにミュンヘンが好きになり、ドイツのファンになってしまった記憶がある。後年、ドイツ皇帝による「黄禍論」ではないが、驕れる欧米人の対アジア人への深層心理を肌で知り、相手が日本人と知っても同じ振舞をしたか否かは不明のままなのだが。
 ともかく約四十年間、ドイツには数え切れないほど来た。特にバイエルン州都ミュンヘンは十二世紀以来、ヴィッテルスバッハ王家の特別な庇護のもと、芸術や文化が栄えた町であり、アインシュタインが幼少から十五年も生活した街でもある。古いドイツ人の友人もいて、夏場は鬱蒼とした森の中の「アウグスティーナ・ケラー」といった有名な大ビヤー・・・