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連載

皇室の風 34

即位儀と天武天皇
岩井克己

2011年6月号

「即位の礼は、神武天皇橿原宮に於て之を挙行し給ひし以来、天智天皇・文武天皇の朝を経て、其の儀礼大に備はり、清和天皇の貞観儀式を定め給ふに至りて善美を尽くせり」(多田好問『登極令義解』草稿)
 大正、昭和の天皇の即位や葬儀などの儀式や祭儀は、明治末から大正初めにかけて制定された旧皇室令に基づいて行われた。即位関連儀式を詳細に定めたのが一九〇九年(明治四十二年)に公布された「登極令」だ。
「帝室制度調査局」(伊藤博文総裁)の御用掛として同令の策定作業にあたった多田好問による解説書『登極令義解』(草稿)を読むと、即位礼と大嘗祭を柱とする一連の膨大な儀式体系は、記紀神話による神権天皇の称揚に隅々まで彩られている。そして、その下敷きとなったのが「貞観儀式」などの古代天皇制の儀式次第書だったことがわかる。
 多田は「天智天皇・文武天皇の朝を経て、其の儀礼大に備はり」と述べ、天智の弟夫妻であり文武の祖父母である天武、持統を飛ばしているのが面白い。しかし、天武、持統こそが、記紀の編纂や宮廷儀礼、律令制などの変革によって神権天皇の理念と古代天皇制の骨格をつくったとみられる。・・・