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経済

IBM「社員大量クビ切り」の内幕

下位一五%の人材は「強制退職」へ

2011年11月号公開

 米国IBMは十月十七日、二〇一一年七~九月期決算を発表した。純利益は前年同期比七%増の三十八億三千九百万ドル(約二千九百四十七億円)。市場予想よりは成長が鈍化したとはいえ、8四半期連続での増収増益を達成した。一方、日本IBMも、一〇年度は九千三百七十七億円の売上高、七百七十三億円の当期純利益を叩き出している。ハードの製造からサービスへとダイナミックな業態転換を果たし、各方面から称賛を集める同社だが、そんな「IT業界の優等生」の好業績が、多数の社員を対象とした苛烈な「クビ切り」によって達成されていることは、ほとんど知られていない。

売り上げと同等にクビ切りを重視


 ここに「IBM Confidential」と記された日本IBMの内部資料がある。タイトルは「2008 4Q  Resource Action Program」。〇八年十月に作成され、各部門長宛てとなっている。

「何でもプロジェクトにしちゃうのが、いかにもIT企業らしい。要は、〇八年第4四半期に『Bottom 15%』にあたる社員を退職に追い込むための指示文書なんですよ」と説明するのは、同社社員である。

 ターゲットにされた「Bottom 15%」というのは、会社による人事評価が下から一五%に属する、という意味だ。前出の社員は、「もっとも対象選びは恣意的で、上司に嫌われた人、逆らった人も入っています」と付け加えるが、この下位一五%の人材には退職を強いる「計画的」なプログラムが常日頃、実施されているというのだ。

 同文書は冒頭、「予定数の達成が、我々リーダー一人ひとりのAccountability(結果責任)となります」と強調している。「売り上げノルマ」ならともかく、「クビ切りノルマに結果責任」とは耳を疑う。

 では、どのようにしてこうした社員を退職に追い込むのか? その流れが、文書ではフローチャートにしてある。

 会社はまずターゲット(対象者)を選定すると同時に、退職強要面談にあたる面接者をトレーニングする。「初回面談」の後、必要ならさらに面談を重ね、「退職意思確認」を経て「退職」へと追い込む。指示文書には、「あくまで本人の“自由意思”に基づいて決断するように、コミュニケーションしてください」との文言も見られるが、フローチャートにあるように、「自由意思で選べるゴール」は退職しかない。

「あなたがする仕事はない」「プライドを捨て、ランクの低い会社に行けば十分やっていける」「負け組は会社から出て行け」……。実際に社員たちが浴びせられた言葉は、通常の「コミュニケーション」とはほど遠い。「会社は毎週、社長臨席の会議を開き、進渉状況を点検していました。売り上げと同じくらい、クビ切りが重視されているのです」(組合関係者)。

 退職に素直に応じない社員には、「次の罠」としてPIPが待つ。同社において二〇〇〇年頃に導入されたPIPとは、「Performance Improvement Program」(業績改善プログラム)のことで、「業績改善」が必要な部下に目標を与え、面談を重ねながら「改善」を図るプロセスだという。

 しかし、日本IBMの労務管理に詳しい弁護士は、「『改善』というのは表向きの話で、実際は退職強要であり、また退職理由を作るための仕掛け」と喝破する。要は、最後まで退職を拒む社員に対し、「会社がここまでやってあげたのに、それでも彼の業績、能力不足が改善しなかった」という「エビデンス(証拠)」(日本IBM労務責任者)作りなのだ。

 PIPに放り込まれると、まず渡されるのが「改善目標管理シート」だ。そこには「改善を要する点」として「コミュニケーション能力」とか「優先順位づけ」といった、ある意味どうとでも解釈できる抽象的な項目が記される。

 だが、「スキルが高くプライドを持った技術者は、こういうのに弱い」(他の大手IT企業中堅幹部)。改善計画が示され、さらに「上記改善計画が達成されなかった場合の対応の可能性」として「降格、解雇」が記される。だが、狙いは退職なので、社員の能力向上など実際には図られない。PIPという蟻地獄に落ちたら最後、面談のたびに責められ、「プライドをズタズタにされる」(経験した社員)。

 昨年十一月には、大阪労働局長が、「申出人(PIPの対象にされた社員)の名誉感情をいたずらに毀損するおそれのある発言等が認められた」とし、日本IBMに対し是正を指導したが、同社は何ら改善のそぶりを見せていない。

外資系企業に伝播


 メンタルヘルスで悩む社員も、容赦なくターゲットにされた。そうした人を責め続けたら、何が起きるのか。「違法な退職強要によって人格権を侵害された」として、日本IBMの社員たちが起こしている裁判の中で、退職プロジェクトを推進した同社の人事担当者は、こう証言した。

「とても悲観をして何かよくない、ご本人の体を傷つけるとか、そういうことが起きないように……というようなことを心配した」

 社員の自傷行為を人事担当者も心配せざるを得なかった「クビ切りプロジェクト」との関連が疑われる事件が起きたのは、昨年三月三日。大和事業所(神奈川県)で、子会社の社員(四十五歳)が、ノートパソコンにつなぐ盗難防止用ワイヤで首を吊った。日本IBMはなぜか同僚たちにすぐには知らせなかった。「事実を知らされなかった社員が普通に仕事をしていたため、現場検証に来た警察官に『なぜこんな時に平然と……』と驚かれました」(同事業所社員)。

 日本IBMで毎年行われているこのようなクビ切りは、決して景気変動や業績悪化といった一時的な要因によるものではない。毎年の相対評価によって「必ず生じる」下位一五%の人材を強制的に退職に追い込む仕組みにほかならず、「新陳代謝」というには、あまりにも凄まじい。PIPを用いた人減らしについて、日本IBMに質すと、「当社では市場ニーズに対応し、つねに人材の適正化を図っています。会社としての競争力強化と社員個人のキャリアの選択を拡大するためです。それ以上のことは、コメントは控えます」(広報部)とのことだ。クビ切りを人材の適正化とのたまい、「つねに」行うと明言している。

 PIPはいまや標準的な「クビ切りマニュアル」として外資系企業に広く浸透し始めているという。レノボ、マイクロソフト、ブルームバーグ……。名だたる外資系企業の内部から、・PIP犠牲者・の呻きが漏れてくる。

 だが、問題は外資にとどまらない。日本IBMの大歳卓麻会長は、社長当時、雑誌のインタビューで人事制度について、「我々が毒見してみて、大丈夫そうだとなれば、日本の会社の皆さんもやりやすい」と語った。日本企業に勤めるサラリーマンにも、・明日は我が身・でないとは言いきれないのだ。


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