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経済

トヨタがアップルに跪く「近未来」

自動車の「頭脳」支配を狙うIT企業

2014年4月号公開

 二〇一四年三月十日、米アップルは「iPhone」「iPad」などのモバイル端末用基本ソフト「iOS7・1」を公開した。現行OSの一部改良にすぎない今回のマイナーバージョンアップが世界を驚かせている。カーナビとの親和性を高めた車載システム連携機能「CarPlay」が追加されたからだ。「勝ち馬」のアップルの動きに乗ろうと、すでに世界十三社の自動車メーカーが対応車種の開発を打ち出している。メディアは「カーナビメーカーは戦々恐々だ」と一斉に報じているが、アップル参入で打撃を受けるのは決してカーナビメーカーにとどまらない。いや、むしろその「照準」は、自動車メーカーにこそ向けられているといってもいいだろう。

端末市場の「惨状」が物語る未来図

 CarPlayを使えばドライバーが音声操作だけで電話をかけ、メールを確認し、地図情報を引き出し、音楽を再生できる。だが、その本領はlightningケーブル経由で自動車の制御情報をやりとりすることで発揮される。「最近の自動車は電子制御が当たり前で、ありとあらゆる運転情報がデータ伝送されている。それらの自動車制御データを取り込み、利用することこそアップルの狙いだ」と、自動車の情報化に詳しい全国紙記者は指摘する。

 アップルが自動車の制御情報を欲しがるのはなぜか。カーナビやスマートフォンがあれば、自動車の位置は正確に把握できる。そのため「冬に横滑り防止装置(ESC)の作動データを受信すれば、どこの路面が凍結しているかが分かる。ワイパーの作動データからは雨が降っている地域をリアルタイムで割り出せる。つまり、現在の有料気象サービスよりもはるかに高い精度の情報を提供することができる」(前出全国紙記者)のだ。

 自動車がどのルートを通り、どこに立ち寄ったのかという「動線」を把握できるなど、ビッグデータとしての利用価値もある。「あらゆる業界でビッグデータのニーズがあり、より高い精度の情報はその分高い価格で取引される」(民間調査会社幹部)ことから、自動車の位置情報と制御データを一手に集めるプラットフォームを押さえれば、多様な情報ビジネスが展開できよう。自動車こそ、次なるビッグデータの主役というわけだ。

 すでに伊フェラーリや英ジャガー、独メルセデス・ベンツといった高級車メーカーが一四年からCarPlayを導入すると発表しており、独BMWや米フォード・モーター、トヨタ自動車などもこれに追随する構えだ。

 これに対し、モバイルOSでは世界シェアでアップルを圧倒する米グーグルも、この分野を虎視眈々と狙っている。グーグルの自動車分野への関心の高さは、自動運転車開発をリードしている事実からも明らかだが、この一月には同社のモバイルOS「アンドロイド」の車載対応を進める「オープン・オートモーティブ・アライアンス(OAA)」を結成した。これには、ホンダや米ゼネラル・モーターズ(GM)、韓国・現代自動車、独アウディなどが参加しており、スマートフォン市場と同様、アップルのiOSと真っ向からぶつかる構図だ。

 だが、アップルやグーグルが車載テレマティクスの情報プラットフォームを握ることで最も深刻な打撃を受けるのは、ほかならぬ自動車メーカーだ。その未来図は、携帯端末のコモディティー(日用品)化が進んだ結果、電機メーカーが次々と凋落してしまった現在の日本の携帯端末市場の「惨状」を見れば明らかだろう。

 アップルとグーグルもかつては携帯端末市場への参入に力を入れてきた。だが、その狙いは端末ビジネスなどにはなく、情報プラットフォームの覇権にあった。端末メーカーや通信キャリアがその「真の狙い」を見誤ったことが、現在の市場構造を許した最大の要因にほかならない。「十年前の電機メーカーは携帯電話の市場拡大で高い利益を得ていたため、端末の高機能競争に明け暮れていた。当時の電機メーカーにとってアップルやグーグルは電子部品のお得意様であり、コンテンツの充実で携帯電話の普及を後押ししてくれる強力な援軍だった」と、IT担当の専門紙記者は振り返る。「だが今になってみれば、利益を稼げぬ端末メーカーを尻目に、その端末をツールに莫大な利益をあげているのがアップルやグーグル。日本の電機メーカーは彼らの利益を生み出すために、薄利でせっせと端末を製造するだけの下請けに成り下がったようなものだ」。

 今でも多くのメディアで、「なぜソニーはiPhoneのような魅力的な端末を作れないのか」という指摘がなされるが、まさにこれが見誤りの典型的なパターンだという。「スマートフォンはソニーなど電機メーカーにとってはプロダクト(最終製品)だが、アップルやグーグルにとっては利益率が高いコンテンツやサービスを提供するツール(道具)にすぎない。ビジネスで両者を比較すること自体、意味はない」と、前出の専門紙記者は切り捨てる。

 こうした十年前の携帯端末市場の状況は、不気味なまでに現在の自動車市場の姿に重なる。

自動車メーカーの危機感は皆無

「カーナビを使った情報提供サービスはアップルやグーグルにとっての本業であり、自動車メーカーのビジネスとは全く別。それが将来、自動車メーカーの脅威になるとは思えない」と、日本車メーカー幹部は一笑に付す。

 だが、こうした見方に対し、イノベーション研究に取り組む大学研究者は指摘する。「今後の自動車市場は少数の高級車と膨大な数の低価格車に二極分化していくのは確実。低価格車は熾烈な価格競争により生産と販売だけでは利益を出すのは一層難しくなる。そうなった時に利益を生み出せるのは、車載テレマティクスを通じて提供する情報やコンテンツ、それに付随する広告などに課金するプラットフォームしかないだろう」。

 とりわけ、トヨタやホンダなど大衆車が主力の日本車メーカーこそ、製品のコモディティー化は顕著となろう。にもかかわらず、彼らにはそうした危機感など皆無で、アップル陣営とグーグル陣営に分かれて車載テレマティクスの標準規格を争う始末だ。

 現在は見向きもされないものが、十年後には巨大市場に育っているのがこの世界。十年前にスマートフォンはもとより、モバイルゲームやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)がここまで大きな市場になると予想できた者は、少なくとも電機メーカー側にいなかった。今は影も形も見えない「車載テレマティクスビジネス」が自動車業界の命運を左右する可能性を、当の自動車メーカーは真剣に受け止めていない。電機メーカーと同じく、日本の自動車メーカーがアップルやグーグルに生殺与奪のハンドルを握られる日が来るのは、もはや時間の問題だ。


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