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連載

追想 バテレンの世紀 連載101

ついに勃発したタイオワン事件
渡辺 京二

2014年8月号

 奉書船制度とは、海外渡航船に対して、従来の朱印状のほかに、長崎奉行宛の老中奉書の受領を義務づけたものであるが、奉書を受けた長崎奉行は渡航者の朱印状を預かり、代りに渡航許可書を支給する。眼目は渡航船に朱印状を携行させぬことにあった。

 この制度は一六三一年に新設されたが、そのきっかけは一六二八年、シャムのアユタヤで、長崎の町年寄高木作右衛門の朱印船が、スペイン艦隊によって撃沈されたことにあった。これは四年前にアユタヤでスペイン船がシャム側から撃沈されたことへの報復で、高木船は巻き添えを喰ったのである。幕府はポルトガルがスペインと同君連合の関係にあることを知っていたので、マカオとの貿易を一六三〇年まで断絶し、恐慌をきたしたマカオは使節を送って嘆願し、やっと貿易再開を許された。

 幕府がこの件で重視したのは朱印状の権威が侵されたことである。それはとりも直さず将軍の権威の侵害にほかならない。それに対する幕府の対応が奉書船制度の開設、すなわち渡航船に朱印状を携行させぬことだったのは、実に興味深い。なるほど携行せねば、将軍の威光が傷つけられることもない・・・