三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌書店では手に入らない、月刊総合情報誌

社会・文化

隠蔽される「老朽ガス導管」の恐怖

公共施設「九千カ所」が爆発事故候補

2016年6月号公開

 何事も光があれば影を伴うのが世の常だ。だが、影があまりに大きければ、光は呑み込まれ、その輝きを失う。二〇一七年四月から始まるガス小売全面自由化。すでに開始された電力小売全面自由化に続く大がかりな規制改革に世間は沸き立つが、そこには我々国民の安全を脅かす、決して看過できない重大な問題が潜んでいる。公共施設にある九千本の〝腐ったガス導管〟。経済産業省は、この事実を把握しているにもかかわらず、なおガス小売全面自由化を推し進めるつもりなのか。
「供内管腐食対策ガイドライン」―そう銘打たれた九十二ページに及ぶ分厚い文書がある。当時の通商産業省が老朽化したガス導管の改修を促すため、一九八五年十一月に策定したガス会社向けの指針だ。ガイドラインに明確な記述はないが、策定のきっかけとなったのは、八〇年八月に発生した静岡市の地下街爆発事故。この事故では、ガス導管の破損による爆発で十五人もの命が失われた。
 ガス導管の腐食劣化対策は、実質上ここがスタート地点となっている。それから三十五年あまり。この間、技術基準や業界団体の自主対策など小手先の対応は講じられたが、状況が改善されたとはとてもいえない。むしろ、事態は悪化の方向に向かっているという言い方が正鵠を射ているだろう。
情報公開を拒むガス会社
 そもそも、放置されたままの腐ったガス導管はどれくらい存在するのか。ガス導管は老朽化すれば当然、破損の可能性が高まり、ガスが漏洩するリスクが生じる。そのガスが引火すれば大惨事を招くことは、子どもでも容易に理解できることだ。そうだとすれば、国民には未対策の老朽ガス導管の所在を知る権利があるはずだが、残念ながら、その情報はガス会社に秘匿された状態となっている。
 ガス会社が情報公開を拒む便利な理由として、ガス導管が自らの資産ではないため、という点がある。これには少し解説が必要だろう。ガス導管は分類上、「中圧本支管」「低圧本支管」「供給管」「灯外内管」に分けられる。道路に面したものを本支管と呼び、そこから供給管に分かれ、内管で家庭などにガスが送られるという構造だ。
 このうち灯外内管はガスメーターまで引き込まれており、我々の家庭と最も近い位置にある。それはガスの漏洩と引火のリスクが最も大きいのと同義だ。ただし、灯外内管は建物に組み込まれる形で引かれていることもあり、需要家の資産という建て付けになっている。「経年管の情報は一律に『個人情報』として取り扱っている」(東京ガス広報部)ため、公開できないというのがガス会社の言い分だ。
 確かに、それが一軒家などであれば、理屈として通るだろう。例えば住人がガス会社に勝手に自宅の情報を公にされれば、プライバシーの観点から問題視されるに違いない。しかし、それが公共施設であれば、どうだろうか。公共施設は不特定多数の人が出入りする。プライバシーが問題になるわけもなく、それどころか、被害が拡大するリスクは却って高いはずだ。
 手つかずの老朽管がどこにあるのか。それを正確に知る手段は閉ざされているが、ある程度の類推は可能だ。経産省はガス導管の改修状況を把握するため、あるリストを作成した。そこに浮かび上がったのは、国民にとって極めて衝撃的な数字だ。
 経産省のリストによると、全国の主要都市で事業を行うガス会社十二社の供給区域には、ざっと二百二十万本の灯外内管が改修されずに放置されている。この中で公共施設にあるものは、八千七百四十二本。驚くべきことに、学校に一千七百二十九本、病院は七十九本、保育園などの社会福祉施設は二百六十本がなお未対策のままだ。
 ガス会社ごとの数値と都道府県ごとの数値を掛け合わせることにより、さらに地域を絞り込むこともできる。学校、病院、福祉施設の都道府県別の状況をみると、学校は静岡が七十八本、愛知が百四十七本、大阪が四百八十一本、兵庫が四百四十本と中部、近畿の両地方に集中している。病院は大阪と京都でほぼ半数を占め、社会福祉施設も大阪と兵庫で一五%、愛知で二割だ。事業者別では近畿圏を供給エリアとする大阪ガスが九十五万二千本、中部圏を供給エリアとする東邦ガスが三十万二千本となっており、リストはこの二社の対策の遅れを浮き彫りにしている。東京ガスも民間施設を中心に、東邦ガスを超える四十三万三千本の老朽管を放置している。
 いうまでもなく、学校や病院は、危険だからといってそこに行くことを拒むということが、簡単にはできない。それを鑑みれば、少なくとも残存状況を施設名と併せて公開することが、本来あってしかるべきだ。しかし、ガス会社は情報公開という点で、消極的な姿勢という表現を超えて責任転嫁とも取れる姿勢をみせている。
 データ上、危険度が高いと判定された二社は、とりわけそれが顕著だ。大阪ガスは「公共施設のガス管の管理は、所有する自治体がするべきこと」(広報部)と主張。東邦ガスも「自治体といえども弊社にとっては『顧客』。その情報は一切外に出せない」(広報部)と頑なに公開を拒む。仮に事故が起きた場合はどうするのか。それに対する大阪ガスの答えは、ガスという生活財を供給する公益企業としての倫理観をも問われかねないものだ。「ガス会社として注意喚起などはしており、事故が起きてもガス会社に責任はない」(同)。
ガス全面自由化で危険は急迫
 ガス導管の腐食劣化対策では、ガス業界が口裏を合わせた形跡もある。東京ガスは公共施設の対策について「契約上、公共施設の場合の『お客様』は所有自治体であって、そこに住む市民ではない。そのため、『本人』にあたる行政組織からの問い合わせには答えられるが、それ以外に対しては答えられない」(広報部)としている。面白いことにほかのガス会社も、このリーディングカンパニーと同様の対応を繰り返しているのだ。
 腐ったガス導管の問題が表面化し、国民にとって急迫した危険となる引き金を引くのは、来年四月からのガス小売全面自由化になるだろう。全面自由化に伴う保安規制の見直しでは、ガス導管の保安を小売事業者ではなく導管事業者が負うことになった。導管に責任を持たない新規参入の小売事業者が、顧客に導管改修の要請を行うなどというのは、どう考えても望み薄だ。
 全面自由化路線を突き進む経産省は、ガス保安の長期計画であるガス安全高度化計画で、二〇二〇年度までの対策完了を盛り込んでいる。だが、表現はあくまで「目指す」であり、事業者の義務ではない。それはあくまでもガス小売全面自由化を進める上でのアリバイ作りに過ぎず、国民の生命を守るという観点は微塵もない。

 


©選択出版

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます