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連載

本に遇う 連載200

せこい都知事の失脚
河谷史夫

2016年8月号

 久しぶりに東海道線を下った。
 小田原を出た普通電車は早川に止まり、根府川に停車する。
 茨木のり子が「根府川/東海道の小駅/赤いカンナの咲いている駅」(「根府川の海」)とうたった駅である。降りたことは一度もないのに、何かしら懐かしい。
「たっぷり栄養のある/大きな花の向うに/いつもまっさおな海がひろがっていた」
 詩人は十代のころ、友と二人して、動員令をポケットにゆられて、燃えさかる東京をあとに、この駅を何度も通過した。
「ほっそりと/蒼く/国をだきしめて/眉をあげていた/菜ッパ服時代の小さいあたしを/根府川の海よ/忘れはしないだろう?」
 あの「無知で純粋で徒労だった歳月」は逝き、彼女はふたたび根府川を通る。
「あれから八年/ひたすらに不敵なこころを育て」
 敗戦の年は十九歳だった。八年経って一九五三年、二十七歳のとき、この詩はできた。「現代詩の長女」の「不敵」は「わたしが一番きれいだったとき」で炸裂する。四年後、三十一歳であった。
「わたしが一番きれいだったとき/わたしの国は戦争で負けた/・・・