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連載

本に遇う 連載202

たいまつの火消える
河谷史夫

2016年10月号

 五十三年前、「こんな人がいたのか」という驚きとともに一冊の本を読み終えた若僧がいた。
 むのたけじ著『たいまつ十六年』は企画通信社刊。箱入りながら土くさい装丁で定価五百円だった。
 新聞に関心を持ってはいたが、まだ曖昧なままで、人生に処するに、まあどうにかなるだろうと高をくくっていた若僧は、横っ面を張り飛ばされたように思った。
 著者は「どんなにささやかな仕事でも、おれはこれだという仕事に自分を打ち込みたい」と記し、「人間の生き方に美しい生き方があるとすれば、それは自分の立場をはっきりさせた生き方だ」と書いていた。若僧が人知れず、くよくよと抱えていた年齢相応の「悩み」なんぞ木っ端微塵であった。
 若僧が驚愕したのは、戦争に協力する記事を書いた責任を取ったという事実であった。昭和天皇も取らなかった戦争責任を自らに問うて、三十歳で職を辞した新聞記者とは一体何者なのであろう。
 むのたけじは一九一五年の生まれ。三六年、東京外国語学校を卒業して報知新聞入社。四〇年、朝日新聞へ転じ、四五年八月十五日に退社。四八年、秋田県横手市で週刊新聞「たいま・・・