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連載

追想 バテレンの世紀 連載128

今日に続く「夢幻絵図」
渡辺 京二

2016年11月号

 G・B・サンソムはキリスト教との遭遇は日本人の国民生活にほとんど痕跡を残さなかったと言っている(“Japan; A Short Cultural History”)。サンソムならずともこれは公論であろう。ほぼ一世紀にわたるヨーロッパとの交渉は、「鎖国」後の徳川政府による徹底的なキリシタン根絶策によって、日本人の記憶から抹殺された。わずかに医学に交渉のあとがとどめられたともされるが、それも長崎出島から伝わり続けた蘭法医学の流れと区別がつきがたい。
 その一世紀中、ヨーロッパの服装や装身具は特に領主階級によって、最新のモードとして珍重された。彼らは南蛮服を身につけ、ローマ字を刻した印章を携え、ロザリオを首に掛けた。食生活においてさえ、例えば平戸藩主は英国商館に、度々西洋料理の提供を求めた。今日そうであるように、日本人は風俗の面において、異国の珍奇を歓迎したのである。だが、「鎖国」によって、このような流行はただちに影をひそめた。
 だからこそ幕末以来、西洋人との再度の出会いを経験した日本人は、二百数十年前に自分たちが彼らと密接な交渉を持っていたこ・・・