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連載

本に遇う 連載205

主君の恨み晴らさんと
河谷史夫

2017年1月号

 昨年極月、国立劇場開場五十周年記念と銘打たれた通し狂言「仮名手本忠臣蔵」の第三部を観た。
 浮世とは誰がいいそめて飛鳥川、扶持も知行も瀬と替り……
 と始まる八段目。加古川本蔵の妻戸無瀬と生さぬ仲の娘小浪が、許婚の大星力弥に会うべく西へ向かう「道行旅路の嫁入」から十一段目の討入りまでである。
 三十年前のことになるが、通して観た丸谷才一が山崎正和との対談で、「非常に満足しました。やはり『忠臣蔵』というのは、討入りまでないと恰好がつかない」と言っていたのがうべなえた。
 山崎が「仮名手本忠臣蔵」の台本を「構成が非常にしっかりしていて、主題や人間の描き方、息抜きのつくりかたといったものの首尾結構が合理的で西洋風」と賞賛し、これに丸谷も「非常に論理的」と応じているのも理解できた。前段に敷かれた伏線、例えば若狭之助と本蔵の会話、勘平が手にする縞の財布などの意味が後段で一つひとつ明かされていく。
 艱難辛苦の末に四十七士は主君の無念を晴らすのだが、その陰に様々の無念、例えば色にふけっていて大事に居合わさず、脱落した勘・・・