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連載

美食文学逍遥5

孤食の快楽
福田育弘

2017年5月号

 飲食は本質的に生を向いた行為である。人間は飲み食べなければ生命を維持できない。だから、飲食が死と結びつくとき、それはもっとも倒錯した行為となる。
 飲食を死と結びつけて一躍十八世紀末のパリ人士の注目を集めた若者がいた。『味覚の生理学』の著者ブリヤ=サヴァランと同時代を生きたグリモ・ド・ラ・レニエールである。
 グリモは一七八三年、二十四歳のとき、パリの自宅で壮麗な葬儀を模した夜食会を開く。
 招待状は死者の顔の代わりに大きな口が描かれた埋葬通知で、屋敷に着いた二十二人の会食者たちは、ものものしく古代風に着飾った兵士に付き添われて、最初の間、次の間へと通され、ようやく控えの間に入ると、そこで聖歌隊の服装をした二人の少年にカトリックの葬儀の際のようにお香を焚きこめられる。さらに真っ暗な部屋を通り抜けると、ようやく劇場風の幕が上がって、宴席が目に入ると、三百本を超す蝋燭に照らされた大きな円いテーブルの中央には、なんと柩が置かれていたという。
 バショーモンの名で刊行され、人気を博した膨大な日記形式の『秘密の回想録』に記されたグリモの有名な喪の夜食会の・・・