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経済

カゴメも似非科学で「詐欺商法」

「トマトの効能」に騙される消費者

2019年1月号公開

  ぜんそくからアトピー、花粉症……。さらには、男性不妊の改善にまでも効用が認められたという。そんな医者いらずの万能薬とでも言わんばかりの研究論文で、効能を喧伝する会社がある。誰もが一度は口にしたであろう、トマトジュースでその名を知られるカゴメだ。ホームページを開くと、それぞれの研究内容と結果、論文の発表時期が記されているものの、いずれも執筆者や詳細は載っていない。実は、大半がハゲタカ学術誌に掲載された代物。カネと引き換えに、真偽不明でも活字にして、研究成果を一見もっともらしく装うこの詐術の連鎖は底なしに広がっている。
 カゴメは一八九九年に創業者の蟹江一太郎がトマト栽培を始めたことに由来する名門だ。一九〇三年に国産トマトソースの製造に着手し、三三年には国内初のトマトジュースの販売に乗り出す。そして国内最大のトマト加工業者にまで発展を遂げた。折からの健康ブームを追い風に、二〇一七年度決算は売上高二千百四十二億円(前年度比プラス六%)、経常利益百二十六億円(前年度比一一%)を叩き出す好調ぶりだ。
 主力商品はトマトジュースのほか「野菜生活一〇〇」「GREENS」などのスムージー。さらに、近年は植物性乳酸菌であるラクトバチルス・ブレビス(ラブレ菌)を用いた乳製品の販売にも注力している。
 
「臨床研究の体をなしていない」
 
 カゴメは他社の商品との差別化を図るため、自社商品がいかに健康に資するか誇張に誇張を重ねている。例えば、全国紙の一面を使い「今話題の血中コレステロール対策」「トマトのリコピンが善玉コレステロールを増やす」と宣伝する。広告には専門家が登場することも。今年十一月八日付の朝日新聞に載せた広告には、社員で薬学博士の資格を持つ相澤宏一氏が「薬学博士が解説!」というコーナーで、彼らの主張の科学的な妥当性を強調してみせた。
 だが、その効果、機能なるものは怪しさ満載。カゴメのホームページには、同社のトマトジュースや野菜ジュースを飲む効果が列挙されている。いわく、血糖値上昇や紫外線の肌トラブルが抑制される、肌を白くする効果がある、飲酒後の血中アルコール濃度を低下させる、男性不妊の予防・改善、メタボリックシンドロームの予防、気管支喘息の症状緩和、抗アレルギー作用、シワ予防―、何でもありだ。こんな魔法のような飲料ならば、健康食品どころか、誰もが飛びつく医薬品ではないか。
 もちろん、カゴメの説く機能を真に受ける専門家などいない。彼らが提示するエビデンスの質が劣悪だからだ。それを糊塗するためだろう。カゴメはハゲタカ学術誌を駆使して権威付けを図ってきた。一例を挙げれば、ハゲタカ出版社であるサイエンティフィック・リサーチ社が発行する「フード・アンド・ニュートリション・サイエンシーズ」に一六年六月に載った、カゴメ社員の研究者が執筆した論文だ。それによれば、トマトジュースを飲むことで、運動後の疲労が軽減されるという。カゴメ側は、ジュースに含まれるリコピンの効果と主張するが、高橋謙造・帝京大学教授(公衆衛生学)は「臨床研究の体を全くなしていない」と呆れかえる。
 この研究では十人のボランティアに対し、運動後にトマトジュースと水を飲ませているが、「研究のやり方が杜撰」(高橋教授)だ。
 例えば、トマトジュースの効果を厳密に評価するには、調査対象者をトマトジュースを飲む群と水を飲む群にランダムに割り付けて、そのことを論文に明記するのが常識だ。意図的に割り付ければ、体力がありそうな被験者にトマトジュースを飲ませることで、トマトジュースに疲労回復効果があるように見せかけることができる。この論文には「ランダム化」と明記されていない。
 さらに、論文には、この研究がいつ実施されたかが、どこにも書かれていない。こんなことはあり得ない。医学論文では普通、研究機関の倫理委員会を通過した日や、この研究を行った日時を明記する。
 なぜカゴメの社員たちは基本的なルールを無視したのか。それは、全く同じ内容を既に発表していたからだ。ハゲタカ学術誌に掲載される十一年も前の〇五年七月に東京で開催された第十三回日本運動生理学会で、カゴメと国際医療福祉大学は、同じ内容を公表していたのだ。この時、カゴメはホームページに「トマトジュース飲用による運動疲労軽減作用を示唆」と謳っている。ひと昔前の臨床研究にもかかわらず、その転用を隠して論文として発表するなど医学の世界では到底考えられない。
 
ハゲタカ学術誌「乱用」の老舗
 
 カゴメはハゲタカ学術誌を駆使し、数十万円の掲載料と引き換えに「科学的エビデンス」があるように見せかける計謀に手を染めてきた。前出の「フード・アンド・ニュートリション・サイエンシーズ」だけでも、一六年七月に城西大学と共同で、野菜ジュース「野菜一日これ一本」を飲めば、食後高血糖を抑制できるという研究を発表。翌月には兵庫県健康財団などと共同研究で、カゴメの野菜ジュースを飲むとメタボリックシンドロームの予防・改善が期待できるという論文を出した。前出のカゴメ社員、相澤氏も一四年四月号に共著で、トマトジュースがアルコールの代謝を促進するという論文を同誌に発表した。
 カゴメが「学術研究」の体裁にこだわるのは、怪しさを覆う狙いだろう。ハゲタカ学術誌にさえ載らない研究をエビデンスとして宣伝したケースもある。その一例が、〇八年四月の国際研究皮膚科学会に名古屋市立大学病院皮膚科の森田明理教授と発表したものだ。
 この研究では、リコピンがコラーゲンを増加させるとして、カゴメは「リコピンにシワ予防効果が期待―カゴメ、名古屋市立大学の共同研究―」と宣伝。これが本当ならば、世界中の女性が驚喜する画期的な成果だが、そんな声はどこからも聞こえてこない。
 この研究は、日本カロテノイド研究会誌の〇八年六月号に抄録が掲載されていただけ。ただし現在、日本カロテノイド研究会のホームページを検索しても、同研究会誌の存在は確認できない。しかも、当の森田氏はウェブ上に公開している業績集に、この研究を加えていない。つまり、研究に関わったことを伏せるレベルの内容なのだ。その程度のものを大々的に宣伝する。この姿勢にカゴメの狡猾さが凝縮されている。
 高齢化が進み、健康への関心が高まる日本で、機能食品の市場は無限の可能性を秘めたブルーオーシャン。それゆえに、日本を代表する食品メーカーがこぞって新商品の開発に邁進している。カゴメはハゲタカ学術誌を乱用する「老舗」だが、これから似非と誇張に満ちた論文を使う同じ手口をまねる企業が増殖するに違いない。
 今後もカゴメは、健康を願う消費者を喰い物にして肥え太っていくだろう。
 
 


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