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連載

美の艶話 第39話

「ハマム」はハーレムなのか
齊藤 貴子

2019年3月号

ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル作《トルコ風呂》
ルーブル美術館所蔵


イメージというのは恐ろしい。なかでも、他人様に与えるイメージに無自覚なまま、思ったことをついうっかり口にするのは、恐ろしいを通り越して恥ずかしい。
「一度でいいから、トルコ風呂に行ってみたい」
 観光客でごった返すルーブル美術館の三階で、一枚の絵を前にただ一言こういっただけ。なのに、半径数メートルくらいの空気の流れが一瞬止まったようになり、同行者連が妙にニヤつきだしたのが、その時は謎だった。けれど後から、妙齢の女性が公の場でああいうことを大きな声でいわないほうがいいんじゃないか、とさらにニヤニヤしながら窘められて、それでようやくピンときた。ああ、そっちのトルコ―風俗ね、と。
 昭和の昔、トルコ風呂とはすなわち性風俗の代名詞だった。一九八〇年代にトルコ人留学生らによる抗議運動が起こり、この呼称自体は姿を消したが、そもそも性的サービス付き個室特殊浴場が、なぜトルコという地名ないし国名と結びつけられたのか。昭和を過ぎ平成・・・