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連載

現代史の言霊 第20話

十二月の処刑  1989年(ルーマニア革命)
伊熊 幹雄

2019年12月号

一九八九年
《大統領夫妻は市民にリンチで嬲り殺されるところだった》

ビクトル・スタンチュレスク(元国防相)

 一九八九年のクリスマス・イブ。筆者はハンガリーのブダペスト東駅から、ルーマニアの首都ブカレストに向かう夜行列車に乗っていた。二日前の十二月二十二日、独裁者ニコラエ・チャウシェスクが首都から逃亡したという情報が伝わり、ハンガリーから越境を試みたが失敗した。十六時間超の列車の旅にかけた。
 ルーマニア側国境では、係員が見たこともないような愛想の良さで、入国スタンプを押した。
 列車はブカレスト駅にも、するすると入っていく。さあ着いたとホームに降りた瞬間、パンパンパンと乾いた銃声が鳴り響いた。筆者は他の乗客ともども、パニックに陥り、やみくもに身を伏せた。
「あれは、チャウシェスク側のセキュリターテ(治安部隊)の射撃兵だ」「アラブ人の傭兵だ」という話がささやかれ、親切な若者が英語に訳してくれた。「孤児だけを集めた、冷血無比の決死部隊」という話もあり、着いた早々、空恐ろしさを感じた。・・・

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