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連載

大往生考 第10話

病の夫を支えた妻の二十年
佐野 海那斗

2020年10月号

 医者をやっていて辛いのは患者との別れだ。こう書くと、患者が亡くなることを想像する方が多いだろうが、必ずしもそれだけではない。意外に多いのが、病状が悪化して、外来ではフォローしきれなくなり、介護施設や在宅医療機関に紹介する場合だ。
 長年、主治医として関わってきたのに、いよいよという時になって、他の医者に任せなければならなくなる。こういう患者は合併症を抱え、手がかかる。これから患者や家族が経験する苦労を想像すると、責任放棄のような罪の意識も心に差す。先日も、そうした別れを経験した。
 患者は七十代の男性だった。五十代前半に大腸がんを患い、手術を受けた。手術は成功したが、その後、手術の合併症である腸閉塞で入院した。当初、執刀した外科医が担当したが、絶食で様子をみると腸閉塞は解消されたため、内科へ引き継がれた。私が主治医となった。
 外来には、いつも妻と共にやってきた。妻は患者と同年配で、上品な女性だった。外来の会話でも、夫婦が信頼し合っているのがわかった。その後も、患者は腸閉塞で入退院を繰り返したが、その度に妻は献身的に看病した。
 幸い、大腸がん・・・