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経済

日経新聞「脱炭素商売」の無節操

「広告・協賛金」狙いで歪む報道

2021年5月号公開

 平素穏やかな人が、この日は口吻に棘があった。
「そういう検討の事実はありません。経済産業省には一切取材はありませんでした」
 三月三十日、同省の梶山弘志大臣は閣議後の会見席上、日本経済新聞の前日朝刊一面トップの報道を全否定した。大向こうを唸らせる大見出しが躍っていたのだ。
〈石炭火力 輸出支援を停止 首相、来月にも表明 脱炭素で米欧と歩調〉
 記事は、二酸化炭素(CO2)を大量排出する石炭火力発電所の発展途上国向け輸出について、政府が新規案件から低利融資を停止する検討に入ったという内容。菅義偉首相が四月二十二日開幕の「気候変動サミット」で表明するとしており、共同通信は慌てて追随した。が、昨年末、相手国の条件付きで継続する政府方針が決まったばかり。他紙は梶山経産相の発言を見守っていたが、案の定、誤報だった。同省幹部は鼻白む。
「誤報はブンアン2への圧力だろう。この案件を阻止したい政府関係者は少なくないが、日経はお先棒を担いで何の得があるのか」

双日「原料炭撤退」の品性下劣

 ブンアン2とは、三菱商事が主導し、国際協力銀行の低利融資を受けてベトナムに建設する計画の石炭火力。出力百二十万キロワットは、CO2排出を抑制する最新鋭の超々臨界圧設備で発電され、二〇一七年、停電に悩む同国との日越共同声明に謳われた経済協力プロジェクトである。同様の案件は丸紅、住友商事も進めているが、着工済みであり、これから建設するブンアン2が環境派議員・官僚らの標的となっているのだ。
 すでに石炭火力から撤退を決めている三菱商事にとっては最後の新規案件。将来はインドネシアで生産するアンモニアを使い、石炭から燃料転換する計画だが、そんなことは日経は報じない。大きく採り上げるのは脱炭素であり、味噌も糞も一緒の報道が続く中、日経を逆利用する企業も出てくる。
 五〇年までにCO2排出実質ゼロ―。総合商社は三井物産が昨年五月、住友商事が同六月、脱炭素を宣言した。今年三月には丸紅、双日が続いたが、日経はとりわけ双日の計画を〈原料炭含む石炭完全撤退〉と持ち上げたのだ。五大商社は発電燃料の一般炭からは撤退の方向だが、製鉄還元剤に不可欠な原料炭には言及していない。「双日が初」と報じられると、同社の株価は反発、三百円を上回るようになった。しかし……。
「まやかしだな」
 五大商社の間では嘲笑が響く。なぜなら、双日は豪州に三件の原料炭権益を保有しているが、いずれも山命は短く、最長でも四二年に終掘となるからだ。しかも、一〇〇%権益のグレゴリー・クライナム炭鉱は、終掘後も原状回復や環境モニタリングを続けなければならず、その負担を嫌って売却先探しを急いでいるのが真相である。鉄鋼業界、とりわけ日本製鉄の怨嗟は大きい。
「業界七位の双日は、五大商社の大株主となったバフェット(米国の著名投資家)に相手にもされていない。焦っているのは分かるが、終掘を脱炭素にすり替え、日経に売り込むのは品性下劣だ」
 実は日鉄も日経の誤報被害に遭っている。昨年十二月十一日付朝刊の一面トップ記事がそれだ。
〈日鉄、50年に温暖化ガス排出ゼロ 水素利用や電炉導入〉という大見出しと、橋本英二社長の談話入りの記事は反響を呼び、「日鉄もついに脱炭素か」と産業界や株式市場は大騒ぎになった。記事は前日、日経電子版が先取り報道しており、日鉄は夕刻から「社長はそんな発言はしていない」と火消しに追われたのだ。
 三月五日、日鉄が発表した中長期経営計画は過酷なものだった。相次ぐ高炉休止を受け、協力会社を含めて一万人を合理化するという。CO2排出量は三〇年に一三年比三〇%削減を目指すが、その切り札となる水素還元製鉄を「前人未踏の技術」と表現した。二期連続赤字の中、これから五千億円の開発費、四兆~五兆円の設備費を投じて模索を始めるのに、早々と原料炭撤退を吹聴する双日を「品性下劣」と呼ぶのは当然だろう。その恚憤は日経にも向く。

「FTかぶれ」の岡田会長

 日経の無節操な脱炭素報道の背景に何があるのか―。一九年十二月六日、第二十五回気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)の開催中に、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)にブンアン2の中止を求める市民団体の意見広告が載った。安倍晋三首相(当時)を揶揄するランニングウエア姿の戯画は、サーモンピンクの紙面に目立ち、官邸でも物議を醸した。
 この脱炭素を社論とするFTに、入れ上げているのが日経の岡田直敏会長。言うまでもなく六年前、FTを買収した当事者の一人だ。
「原稿が通らない」
 日経の現場記者のストレスは募っている。岡田氏は自ら編集局へ電話し、原稿の修正を一字一句指示しているという。口癖は「FTはこうだ」。FTは赤字基調にもかかわらず、今や日経の子会社どころか、守り本尊となっているのだ。その方針は一日で寿命が尽きる特ダネより、データを駆使した解説記事の重視。四月、編集局は経済部や産業部を廃止し、ユニット制へ改編されたが、FTに倣ったものらしい。記者の自律性を高めるという建前だが、「情報収集しづらく、逆に紙面は劣化する」と現場の懸念は大きい。そして……。
 日経カーボンZEROプロジェクト―。岡田氏の肝煎りで、脱炭素に熱心な企業に広告、記事広告、シンポジウムへの協賛を働き掛ける営業戦略が展開されている。経産省が鼻白む誤報も双日の提灯記事も、背景は明確ではないか。
 これまでに関西電力、三井住友海上火災保険、サントリーホールディングス、住友林業、三井不動産、大和証券グループ本社などが協賛しているが、他紙からは「薄っぺら」と冷笑が聞こえる。関電を除けば、重厚長大のCO2排出企業はない。無論、日鉄は協賛しないだろう。しかし、日経は「協賛いただけないと、貴社の記事は本紙に載りにくくなるかもしれません」と、恫喝まがいの営業も仕掛けてくるという。あるベテラン記者が囁いた。
「豪腕、パワハラで知られる産業部出身の井口さん(哲也・常務編集局長)も、岡田さんには物を言わない。会長の経済部人脈が陰で幅を利かせているから……」
 皮肉にも、「気候変動サミット」では石炭火力の輸出支援停止の表明はなかったが、日経記事と同じく無節操なCO2削減目標の大幅上積みが決まった。十一月のCOP26に向け、日経の編集・営業一体の脱炭素ビジネスは一段と加速するだろう。幻惑される読者こそ最大の被害者にほかならない。


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