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連載

本に遇う 第267話

冤罪事件と新聞記者
河谷 史夫

2022年3月号

「事件記者って何ですか」と若い衆に聞かれる。殺しがあれば現場へ行き、サイレンが鳴ったら火事場へ走る。警察を取材して「抜いた、抜かれた」に一喜一憂する集団。むかしNHKの「事件記者」というドラマを見て、それで志望する者もいた話をし、ついでに「これでも我輩は事件記者だったのだぞ」と言うと、怪訝な目をするのがいるのは遺憾である。
 新聞に入ると、地方支局で警察回りからである。わたしは初任地の宇都宮と次の千葉で県警察本部詰めをやり、社会部では花の警視庁捜査一課の担当だったのであるから、「れっきとした」と形容詞をつけて胸を張りたいくらいだが、実は威張れたものでない。
 宇都宮では、あさま山荘事件につながる銃砲店襲撃を決行した京浜安保共闘のアジトが県内にあったことを抜かれ、首都圏連続女性殺人事件の渦中に赴任した千葉では、「重要参考人浮かぶ」を抜かれと散々だった。なのになぜ警視庁へ行かされたのか分からない。
 捜査当局取材は、相手の手のうちに全部のカードがある。こっちはちらと垣間見せてもらうしかない。発表前に「容疑者をあす呼ぶ」と察知するには、刑事との間に濃密な間柄を築・・・